「誕生日には戻れない」という相棒の電話を切り、台所を振り向くとパーティ用の食材が山積みだ。肉や魚を
冷凍庫へ戻し、下拵えが済んだものは冷蔵庫へ。つい溜息が出る。働く私の足元に犬達が纏わりつくのを
軽く追い払いながら「これが今生の別れと言うわけじゃない」と声に出して言った途端、涙が込み上げてきた。
突然降って沸いたような不安を打ち消すようにデタラメの歌を歌うと、犬達は一緒に跳ねた。大丈夫、彼は
無事戻ってくる。そうだな、今の歌を完成させてパーティで披露しよう。そして誕生日と無事帰還を祝おう。

…隠居生活、留守番米国人編。hangeさんのコメントで「待ってる側」はどうなんだろうと思って
ちょっと書いてみました。やっぱり誕生日パーティの支度はしていたんですね。二人きりじゃなくて

空港から「いつ帰れるかわからない」と電話するとアイダホの相棒は「こっちは一人で大丈夫。久しぶりの
ロンドンをゆっくり楽しんでおいで」と答えた。ぐらつく歯を馴染みの歯医者に診てもらう為に渡英したが
火山噴火で空港が閉鎖され「誕生日に帰る」という約束は守れなかった。市内へ戻るタクシーの中で思う。
君は一人でも大丈夫だが、私はもう一人では生きられない。依存しているわけじゃない。君が与えてくれる
様々な感情の大きさに圧倒されているんだ。一人で過ごす誕生日、改めて日々の幸せを噛み締めている。

…隠居の英国人は、歯医者里帰りしたら火山噴火で米国に戻れなくなりました。
米国人の言う「一人で大丈夫」ってのは馬やら犬やらの世話の話だと思うんだけど英国人は一人きりの誕生日でちょっとおセンチになってる感じですな

高い樫の木の根元に山葡萄の蔓が繁っている。金色の葉が散る林には午後の日が柔らかく差し込んでいて ( Read more... )

仕事で南米へ出掛ける相棒を街まで送り空港行きのリムジンバスに乗せ、家に戻ると居間の私の椅子に
彼の置手紙があった。留守中の細々した注意が書いてある。「馬には燕麦を少なめに」｢犬に肉をやるな」
私が動物に甘いからだ。「冷蔵庫の食物は日付順に食え」食物の心配ばかりだな。OK.私だって一人で
暮らせるよ。「畑の水やりを忘れるな」「農作業の疑問はボブに聞け」わかってる。「愛してる」ああ、私もだ。
手紙から目を上げると、傾きかけた陽が静かな居間に長く差し込んでいる。７日間がとても遠く感じられた。

…一人で留守番できるもん！な隠居おじさん。相棒の仕事はよくわかりませんが南米で何かを調査中（笑）
隠居してもお互いに時々こうして仕事が入るようです。

いつもの夕食の後。まだ冷える夜気に暖炉の薪をくべる相棒にグラスを手渡し、カチンと合わせる。「誕生日
おめでとう」私は彼に山歩き用の長い杖を渡した。堅く真っ直ぐなタモの木を滑らかに仕上げ彫刻を施した。
馬の世話の合間に秘密で作ったものだ。「ありがとう。これで足腰弱っても安心だ」と彼が笑う。私達は覚悟
している。いつかはどちらかが先に星になる。私が先なら、空からあんたの足元を照らし続ける。もし逆なら、
私はあんたの光跡を追うから、より明るく輝いてくれ。だが今はただ、誕生日を祝える幸せを噛み締めている。

…隠居のお二人。お幾つなのかは判りませんが、たぶん５０代後半～６０代くらいかと。
しんみりするにはまだ早いですが、男性の寿命は短いですからなあ。

今年のクリスマスは相棒の実家のロンドンで過す予定だったが北部から中西部を襲った大寒波のせいで
空港は閉鎖。我々は山小屋から一歩も出ず、ご馳走の用意もなく保存食で過ごした。３日連続の吹雪が
晴れた今日、近づいてくる除雪車の音がした。「やあ、うちのボブを締めたんだ、早く届けようと思ったが」
２マイル先の隣人が飼っていた七面鳥ボブを料理して持ってきてくれたのだ。私達は礼と酒を彼に贈った。
帰国出来ず不機嫌だった相棒も嬉しそうだ。一日遅れのハッピークリスマス。今年もいい１年だったよな。

…隠居の人達のクリスマスの場景。ボブ…（笑）
二人揃って出掛けるとなると動物達の世話は近所の農場の人に頼みますが、ものすごい吹雪だったので
結局出掛けられなかったのでした。

午後からの猟が始まってすぐ、私は立ち枯れた大きな松の白い幹の近くに大きな牡鹿を見つけた。鹿との ( Read more... )

私達は冬の準備をしている。抜けるような青空が厚い雪雲に覆われる前に。「上手くなったよな、あんたも」
鉞で割った薪の山を黙々と小屋に積む相棒に声をかけると彼は汗を拭って振り返った。「コツをつかんだよ」
山暮しの最初の年、薪用の丸太の山を前に彼は言ったものだ。「すごい！で、これを切る業者はいつ来る？」
都会育ちの彼はチェンソーも鉞も初めてだった。芳しい木の香りに思い出し笑いをして「君も働け」と怒られた。
私達はお互いに譲歩し、与え合い、今この暮しがある。この冬も二人で過ごせる。赤々と燃える暖炉の側で。

…隠居生活も冬支度です。彼らがいるのはアイダホ。去年はすごい冬の嵐があって大雪でしたが
今年は穏やかだといいですね。昨日、私は本当に、割った薪を積み上げる作業を一人でしていましたが

すっかり乾いたえんどう豆の蔓を支柱からはずし実を収穫する作業は意外と忍耐がいる作業だ。絡まった蔓を
解しているうちに私は飽きて辺りを見回すと畑のジャガイモが土から顔を出している。掘り出すと立派な芋だ。
「芋は明日機械で掘ると言った筈だぞ」不機嫌な声に振向くと、馬の世話を終えた相棒が豆の蔓を解している。
「すまん、美味そうだったから」つい夢中になり掘ってしまった芋を拾い集め相棒に見せた。「昼飯にどうだろう」
奴はふっと鼻から息をして「あんたはご褒美がないと働かないんだっけな」と苦笑した。許してもらえたのかな？

…ご無沙汰ぶりの隠居生活。そろそろ収穫時期でございます。働きの悪い相棒はもちろん英国人。
彼をなだめたりすかしたりしながら慣れない田舎暮らしを維持しようとがんばる米国人。でも、

気温上昇と共に伸び盛る夏草をトラクターで刈り倒すと辺り一帯は青草の匂い、夏の匂いで一杯だ。
馬達の冬の飼料を作るのは私の仕事で、相棒は菜園のスプリンクラーを修理だ。昼飯を食べに戻ると
彼はまだ作業中だった。「直ったか」声をかけると相棒は振返り、得意げに笑った。「すごいぞ」水道の
蛇口を捻ると水は水平だけでなく垂直に何本も飛んで、まるで噴水だ。日の光を受けて幾つもの虹が
生まれた。修理前よりひどいが、この方がずっといい。私達は笑い、水の中の虹を目を細めて眺めた。

…お久しぶりです。怒涛のＧＷが終わりまして、ようやく５行から書き始めました。
まずは隠居シリーズから。英国人が修理担当ですが、不器用というよりはわざとかも。
あれこれいじってるうちに「この方が面白い！」と興に乗っちゃった感じですね。