カナダのメディア、The Glove and Mailのインタビューの拙訳です。
珍しくPerceval Pressに引用されていたので、ご本人も納得のいく内容だったのではないかと思います(^^)。
昨今の映画製作の法則に従えば、ヴィゴ・モーテンセンは今頃マーべルの映画に出演しているはずだ。またはHBOの評判の高いリミテッド・シリーズで主演をつとめるか、あるいは映画史上最大のフランチャイズの1つに出演した俳優がキャリアのこの時点で受けることが期待されているような目立って報酬の良い仕事をいくつも確保しているはずだ。しかし『王の帰還』から100年も経ったように思えるが正確には18年、モーテンセンはそういった期待に応えたり妥協したりする人ではない。
モーテンセンの監督デビュー作で、彼が脚本を書いて出演もしている"Falling"を例にとってみよう。この新しいドラマは、偏屈で認知症の父親を介護しようとする中年のゲイの男性の姿を追ったものだが、家族・責任・記憶をテーマにした強烈で厳しい作品だ。長い間、業界でこの企画を通そうとしてきたモーテンセンは、ハリウッドからのたくさんの提案に同意していれば、何年も前にもっと大きな予算でこの作品を作れたかもしれない。彼が中つ国以降のキャリアでずっと無視してきた提案の数々だ。
例えば、キャラクターをそんなに好かれないものにするな。父親のウィリスに性格俳優ランス・ヘンリクセンをキャスティングするな。父と息子の関係を詳細に描写して空白を埋めるシーンを入れることを忘れるな。ウィリスが何十年にもわたって暴言や感情的な虐待をしてきたことを見逃してやるな。誰もが好きになる作品を作れ。ひどい扱いを受けてきた主役である息子ジョンを海外での作品のセールスを確保するために自分で演じるな(まあ、最後の1つについてモーテンセンは最終的にしぶしぶ同意した)。
モーテンセンにとって"Falling"を撮るやり方は1つしかなかった。”彼の”やり方だ。その結果生まれた作品は~私的で、熱烈で、残酷で厄介だが~メインストリームの映画が長い間避けてきた、老いに対する攻撃的でありのままの見方をしている。
「ウィリスのような年寄りが周りにいない人はこの映画を好きになれないのは理解している。でも誰もが好きな映画なんて存在しないよ」とモーテンセンは言う。「観客にウィリスを好きになってもらおうとはしなかった。老人が泣き崩れて悪いことをしたと謝ったりさせることもしなかった。最後に誰かが彼を撃ったり、彼が自殺したりすることもなかった。現実の生活はそういうものじゃないのだから。僕は自分が見たいと思うような映画を作った。疑問を投げかけて安易に答えを出さず、観客の知性を尊重する映画だ。」
モーテンセンは2020年にサンダンス映画祭で"Falling"がプレミア上映されてからこの日まで約1年間この作品について話している。サンダンス映画祭では偶然にもこの年もう1本、父親の認知症を扱った映画、フロリアン・ゼレールが監督し、アンソニー・ホプキンズが主演する『ファーザー』も上映された。どちらの作品も似たテーマを扱っており、年配の主演俳優がキャリアに残る演技を披露しているという共通点はあるが、人生の最後のあがきをどう表現するかという点でこの2作は大きく違っている。
「僕たちは違うアプローチをしたけれど、それは問題ない。あれは素晴らしい映画だけれど僕たちの認知症の描き方は、僕が介護者として何十年もの間、何人かの人と一緒に過ごした経験なんだ」とモーテンセンは語る。彼は2019年初頭に撮影を始める前に、ヘンリクセンを連れてゼレールのオリジナルの劇場版『ザ・ファーザー』のトロント公演を観に行った。
モーテンセンよりもっと率直に言うと『ファーザー』はあなたの手を握るが、"Falling"はその手を払いのけるのだ。
モーテンセンはこの映画を2人の弟、チャールズとウォルターに捧げているが、彼はウィリスが自身の父親、デンマーク生まれのビジネスマン、ヴィゴ・シニアにそっくりなわけではないとすぐに指摘した。
「僕たちはもっと良い関係だったし、コミュニケーションがとれていた。でも2人ともあの世代の男性の典型だ。第二次世界大戦を経験し、自立しているが全然融通が利かない。どちらも人間関係を良くしようとすることはなく、物事の最終決定権を持つのが好きだった」と彼は言う。
「母の葬式の直後にこの物語を書き始めたのは、主に母に関する子供時代のことを覚えていたかったからだ」とモーテンセンは話す。「ところが書けば書くほど僕は父のことを考え、母との関係について考えていた。それでこの作品は弟たちに捧げられているんだ。彼らが覚えていることがあるから。」
その1つは、幼い頃のジョンがペットの鴨のことで騒ぐシーンかもしれない。彼はその動物と一緒にベッドで寝たのだが、両親は真夜中にそれを取り上げ、翌日の夕食として食卓に出した。(心配しなくても大丈夫。モーテンセンが今日、肉を食べる稀な機会に鴨を食べるのをやめてしまうほどのトラウマにはならなかった。)
"Falling"における老いの描写が、大まかにではあるが彼自身の家族の病歴に基づいていることを考えると~「僕の父方と母方の双方の家族に認知症やアルツハイマーになった人が沢山いたんだ」~62歳のモーテンセンは自分の将来のことを心配していないのだろうか?
「その問題については多くのことを考えた。数年前にこういった病気を発症する遺伝的な素因があるかを調べる血液検査があることを知った。幸いなことに僕は明らかにこういう病気にかかる可能性はないとわかったよ」と彼は言う。「もちろん誰にもわからない。物事は変わる可能性があるのだから。」
モーテンセンの人生において変わらないものと言えば不思議なことにカナダとのつながりだ。彼はニューヨークで生まれ、子供時代を南米で過ごしたが、両親が離婚した後、10代の頃は国境のセント・ローレンス川の両岸を絶えず行ったり来たりして過ごした。そしてデヴィッド・クローネンバーグ監督との実りある3作品のコラボレーション(『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『イースタン・プロミス』『危険なメソッド』)のおかげでモーテンセンはカナダの映画業界を特別に気に入ってくれた。"Falling"は主にオンタリオで撮影され、クローネンバーグ自身もウィリスの肛門科医として小さい役だが完璧なカメオ出演をしている。
そういえばモーテンセンは半ば引退していたクローネンバーグと今年再び組むことを計画している。『クラッシュ』の監督が数年前に書いたが映画化には至らなかったオリジナルのストーリーだ。
「君が彼の話を持ち出してきたから言うけど、デヴィッドがいつも映画を作るための資金調達に苦労しているのは不可解だと思うんだ」とモーテンセンはつけ加える。「彼の作品は常に独創的で示唆に富んでいるし、いつも予定通りに予算内で完成される。長年にわたって投資家たちが彼のプロジェクトに資金を提供しようと大勢列をなしていないのは変だと思うし、長く卓越したキャリアの間に彼が一度もオスカーの脚本賞や監督賞にノミネートされていないのもおかしいと思う。」
それではモーテンセンの次の監督作に明らかにハリウッド的でない提案をしてみよう。クローネンバーグ監督自身の伝記はどうだろう?妥協を許さないアーティストには、もう一人の妥協しないアーティストがふさわしい。
元の記事はこちらです。
https://www.theglobeandmail.com/arts/film/article-viggo-mortensen-will-not-be-taking-hollywoods-suggestions-thanks/?utm_medium=Referrer:+Social+Network+/+Media&utm_campaign=Shared+Web+Article+Links