サイトをやっているときに、お題を決めて、皆でお話を書く・・ということをやっておりました。
これはそのときに書いたもの。
この時のお題は「ラブシーン」でした。
全然ラブシーンになっておりませんが・・。
Star Gazer
Pairing: BF/RV
Rating: PG
Category: Romance
Spoilers For: Starman
ベッキオは踏み荒らされた雪を蹴飛ばした。
マクドナルドはバスツアーの客達をつれて、先に街に帰って行った。
老人達は、みな幸せな夢を見ていたような、穏やかな表情をしていた。
それが星のパワーなのか、ただ単に低体温によるものなのか、その時のベッキオには想像もつかず、ともすれば暴れだしそうになる苛立ちを押さえるのに必死だった。
放り出された椅子に、どんと腰を下ろす。
ベッキオは疲れきった老人のように、ぼんやりとまだくすぶっている焚き火の跡を見つめた。
「レイ・・。」
遠慮がちなフレイザーの声にも、ベッキオは反応しなかった。
「レイ、大丈夫かい?」
大きなため息をついてベッキオは、がっくりと頭を抱えた。
フレイザーが倒れた椅子を起こすと、ベッキオの隣に寄せて座り、彼の顔を覗き込む。
ちらと一瞬、フレイザーに目をやり、ベッキオがぼそっと呟いた。
「疲れた・・。」
「そうだね・・。」
「シカゴに帰るのが怖いぜ。警部補にどんな嫌味を言われるかと思うと、俺がエイリアンに誘拐されたいぐらいだ。」
「エイリアンは信じていなかったんじゃなかったっけ?」
「比喩だって。」
「ごめん。」
しおらしく俯いたフレイザーの横顔が、闇の中でも妙にくっきりと見え、思わずベッキオは初めて彼を見るような感動を覚え、まじまじと見つめてしまう。
静まりかえる夜の空間に、ベッキオの心臓はざわめいた。
慌てて言葉を探す。
「ディーフはどうした?」
フレイザーは、顔を上げるとちょっと拗ねたように口を尖らして言った。
「すっかりエドナさんの特製チキンのとりこになってしまったようだ。彼女達から離れようとしない。ダイエット中だというのに、本当に困った奴だ。」
狼のことになると子供のように剥きになるフレイザーに緊張を解かれ、ベッキオは口の端で皮肉っぽく微笑んでみせた。
急に寒さが沁みてきて、ベッキオは大げさに震えながら放り出された毛布を羽織った。
「さすがに冷えてきたな。」
「火を起こそうか?」
「いや。」
「じゃ、街に帰る?」
「そうだな・・。」
口ではそう言いながら、何故かベッキオはそこから離れる気持ちにはなれなかった。
凍て付く寒さの中、頑固にじっと座り続ける。その理由が何なのかは、彼自身にも説明はつかない。
フレイザーの目には、ベッキオがまだ怒っているように見えたに違いない。
急に神妙な面持ちで、言いにくそうに口を開く。
「レイ・・。」
だが次の言葉が続かない。
「・・・なんだよ。」
ベッキオが待ちきれずに言い返す。
唇を舐め、言葉を探していたフレイザーは、また口を開きかけ、やはり何も言えずに目を伏せた。
「だから、なんだ?」
「・・・ごめん、レイ。」
搾り出すようにフレイザーが呟いた。
驚いたようにベッキオが顔を上げると、フレイザーのすがるような視線を捉えた。
それに励まされ、フレイザーは言葉を続けた。
「やっぱりまた君に迷惑をかけてしまった。結果がどうあれ、君まで巻き込んだことは悪かったと思っているよ。こんなところにまで引っ張ってきてしまって。」
「いきなり何を言い出すんだ?」
「君は最初から乗り気じゃなかった。1時間のはずが、結局一日潰れてしまったし、結果として軍から厳重注意を受けてしまった。きっとウェルシュ警部補から君はまたお目玉をくらうことになってしまう。全部僕のせいだ。」
「もういいって、フレイザー。今更何言ったって後の祭りだ。」
「そうだね…。」
「今回のことはお前のせいじゃねえし、誰か死んだわけでもねえ。俺たちはついてたんだ。」
フレイザーは無邪気に目を丸くした。
「ついていた?」
「あぁ、軍の施設に無断で入ったんだぜ。普通なら射殺されてもおかしくねえ状況だった。俺たちが無事でいられたのは、単にあのイアンの野郎が・・。」
そこでベッキオが口を噤む。フレイザーが首をかしげて続けた。
「イアンが、なに?」
ベッキオがまた口の端で皮肉な笑みを浮かべた。
「あいつの言動がまともじゃねえって思われたからだろう。それにフィアンセってのがあいつの妄想でも、女は実際に基地にいたしな。」
「二人がまた会えてよかった。」
フレイザーの暢気な言葉に、ベッキオは呆れてしまった。自分の苛立ちが馬鹿らしく思えてくる。
「エイリアンに誘拐されただ?まったくあの野郎・・。」
「ごめん・・。」
「本当に悪いと思ってんのか?フレイザー。」
ベッキオは誤り続けるフレイザーに、皮肉をぶつけてみた。
想像通り、フレイザーの額に暗い影が浮かぶ。
残酷な快感を覚えながら、ベッキオは続けた。
「お前はいつもいつも、俺を振り回して、好き勝手振舞ってる。本当に悪いと思ったこと、あんのか?」
きついベッキオの言葉に、フレイザーの表情は曇り、いつもは明るく輝く空色の瞳も暗く落ち込んで見える。震え出すのをこらえようときつく唇をかみ締めている。
だがベッキオの怒りもそこまでだった。
自分の言葉をごまかすように、明るく微笑んで、肩をすくめる。
「すまん。冗談だ。」
フレイザーはかぶりを振った。
「ベニー?冗談だって。本気にするなよ。」
叱られた子供のようにうつむいたフレイザーの肩が震えだす。
ベッキオはあせった。フレイザーの前にしゃがむと顔を覗き込む。
「ベニー、ベニー、悪かったよ、ほんの冗談だって!機嫌直せよ。」
フレイザーはゆっくりと濡れた瞳を上げて、まっすぐベッキオを見つめた。
その視線に射抜かれたように、ベッキオは動けなくなる。
「レイ、冗談じゃない。きっとそれは君の隠された本心だ。」
「なに言ってんだ?」
フレイザーは低いしわがれた声で呟いた。
「君の言うとおりだよ。僕は本当に心の奥底から君に悪いと思ったことがあるんだろうか?いつも君に甘えていた。きっと僕の頼みなら君は必ずきいてくれると思いこんでいた。僕は思いあがっていたのかもしれない。」
フレイザーの苦悩をそのまま表したような暗い声に、ベッキオの心臓は縮み上がった。
「ベニー、冗談だったんだ。ちょっと苛々してただけなんだよ。お前は悪くないって。頼むから泣くなよ、ベニー。」
自分の軽薄な言葉に、心底後悔しながら、ベッキオはフレイザーの頬を両手で挟んだ。
こらえていた涙がフレイザーの頬を転がり、ベッキオが親指でやさしくそれを拭う。
「君の怒りはもっともだと思うよ。」
「なぁ、なんであんな奴のせいで、お前が泣かなきゃならないんだ?」
「イアンは本当はいい奴だよ。君たちの間には色々と誤解があるようだけど・・。」
泣きながら、それでもマクドナルドをかばうフレイザーに、ベッキオは苦笑を浮かべた。
「いい奴だと?俺の車を盗んで、挙句にスクラップにした奴だぜ。この件に関しては、お前に同調はできねえな。」
「そうだね・・。」
マクドナルドの話で、フレイザーはようやく落ち着きを取り戻したように見えた。
「ごめん、レイ。泣いたりして・・。」
鼻をすすりながら、濡れた頬をこする。
ベッキオはぽんと軽くフレイザーの肩を叩くと、立ち上がった。
ふと目を上げたベッキオの瞳に、満点の星空が飛び込んできた。
キンと冷えた空気さえ、それらに輝きを与えるための演出のような、信じられないくらい美しい星空だった。漆黒の闇のなかにくっきりと無数の光の点が瞬き、自分めがけて降り注ぐ。
ベッキオは吸い寄せられるように立ち尽くした。
突然動かなくなったベッキオに驚いてフレイザーも立ち上がる。
「レイ、どうかした?」
「ベニー…、こんな星空、見たことあるか?」
ベッキオが感嘆のため息とともに呟いた。
「星?」
フレイザーが見上げると、納得したように微笑む。
「シカゴじゃ絶対にこんな見事な星は見られねえな・・。」
「そうだね。都会では地上が明るすぎて、星の光はかき消されてしまう。でも僕は知ってる。星はいつもあそこで変わらず輝いている。」
ベッキオはフレイザーに視線を戻した。
「ベニー・・・。」
ベッキオはやさしく微笑むと、思いついたように着ていた毛布を広げ、自分と同じように星空に魅入られたフレイザーの体を包み込んだ。
驚いたフレイザーが一瞬体を竦ませた。
ごまかすようにベッキオが笑った。
「寒いだろ・・。」
「平気だよ・・でも、ありがとう。」
しばらく二人とも口をきかなかった。
ただ、黙って星空を見上げていた。
先ほどまでの苛立ちが嘘のように消えていた。
触れ合った肩口から伝わる温もりが、心の奥までゆっくりと満たしてゆく。
「親父が死んだとき、俺は一人屋根に上って、こんなふうに星を見てたよ・・。」
ベッキオがぼそっと呟いた。
フレイザーがゆっくりと首を回しベッキオを見つめた。
それに気付いたようにベッキオがフレイザーの視線を捉えた。
「こんなに見事な星空じゃなかったけどな。もっと曇ってて、星ってったって、ぼんやりとしか見えなかった・・。」
凍った空気に吐く息が白くフレイザーにかかる。
「僕のふるさとではオーロラが見られるよ。」
「オーロラ?」
「うん。空を覆う光のカーテンだ。それは一箇所にとどまらず、様々に色も形も変えながら空を流れてゆく。自分が宇宙の中の本当にちっぽけな存在なんだと思い知らされる。何時間でもずっと見ていたいと思うよ。」
「ふーん・・・。」
なぜか急に星の瞬きが増したような気がした。
音も温度もない、満天の星の輝きが、二人を包み込む。
突然地面が消え、浮遊するような錯覚に陥り、ベッキオはきつくフレイザーの肩をつかんだ。
フレイザーから伝わる温もりだけが世界の全てになる。
フレイザーはそっとベッキオの横顔を見つめた。
込み上げる想いに耐え切れず、涙が溢れそうになり、フレイザーはぎゅっときつく目を瞑った。
「どうした?寒いか?」
ベッキオの囁きが耳をくすぐる。
フレイザーは小さく首を振った。
「レイ・・・。」
たまらず名前を呼んでみる。しかし次の言葉は思いつかない。
「君にも見せたいな。」
ごまかすようにフレイザーは囁いた。
「オーロラを、君にも見せたいな・・・。」
ベッキオがやさしく微笑んだ。
「あぁ、いいな・・。俺も見てみたいぜ、…お前と、オーロラを…。」
「二人で一緒に見よう。約束だよ。」
「あぁ・・。」
ただ二人で星を見つめていた。
互いの体温が心の奥まで暖め、もう何も怖くなかった。
狼が二人を心配して探しに来るまで、ベッキオとフレイザーは一つの毛布にくるまって、何も言わずに満天の星の瞬きに包まれて立ち尽くしていた。
そしてその時、彼らの目には、いつか二人で見るであろうオーロラが、はっきりと見えていた。
終わり