すいません。
とってもありがちで、卑怯なお話です。
それに今回はキスだけで、それも全然ラブラブじゃありませんし…。
しばらくそういうお話ばっかりだったので、ちょっとシリアスにせまってみようかなぁ
なんて思いまして、書き出したのがこれでして。
泣けるお話を、と思っていたのに、全然泣けませんねぇ。
それは作者の度量不足のせいです。
中に出てくるイヌイットの伝説は適当。
本当はちゃんと名前とか考えるべきだったのですが、
想像もつかなくて…。
全然リアリティないし…。
一番難しかったのはどんどん状態が悪くなってゆく(はず)のレイと、
泣きながら彼を助けてくれとお父ちゃん幽霊に頼むフレイザーでした。
そこを一番書きたかったはずなのに、全然そういう雰囲気でていないし…。
逆に楽しかったのは病院のシーン。
フレイザーにキスしたろって聞けないレイが書いていて楽しかったんですよね。
一応参考に映画「レザボアドッグス」を見てました。
はい、血まみれオレンジ…。
映像で見せるのは、きっと簡単なんだろうけど、それを文章で表すのは難しくって。
ってただ単に作者の文章力のなさなんだけど。
そのあたりはぜひ、お読みくださった方の想像力で補ってくだされば、嬉しいです。
って自分の力不足を、読んでくださっている方に押し付けるなって感じですね。
はい、すいません。
このお話を書いている間、私はず~っとPAULA COLEを聞いておりました。
だからそういう雰囲気です。
Open Secret -公然の秘密‐
弾は撃ちつくしてしまった。
ベッキオは空の銃を持ち直した。深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
絶え間なく続いていた銃声がぴたりと止んだ。
ベッキオは壁の向こうに神経を集中させ、そっと覗いた。
まるで何事もなかったように、静まり返っている。
奴らはどこだ。
ベッキオは呼吸を整えると、身を隠していた物陰から飛び出した。
彼の目に飛び込んできたのは、見慣れた赤い制服だった。
「レイ!」
フレイザーが自分の姿を見つけ、叫んだ。
ベッキオは目の端で、きらりと光る反射を捉えた。
フレイザーの声に反応し、彼に向けられる銃口。ベッキオは走り出していた。
その時、フレイザーが背にしている倉庫の扉がゆっくりと閉まり出した。
それに向かってベッキオは走った。
銃を構えた男が立ち上がり、フレイザーに照準を合わせる。
ベッキオがフレイザーを庇うように彼に飛び掛った。
銃声が轟いた。
閉じかけた扉の中に二人重なるように倒れこむ。
フレイザーが自分の上のベッキオを押しのけ、閉じようとする扉に向かう。
しかしすでに遅く、フレイザーの目の前で光は線となって消えた。
「閉じ込められたよ、レイ。」
フレイザーはびくともしない扉を一通り調べると、ゆっくりと立ち上がって、言った。
ベッキオからの返事はない。
「レイ?」
フレイザーが振り返る。見るとベッキオは最初、自分が押しのけたままの姿で倒れている。
「レイ!」
慌ててフレイザーは彼に駆け寄った。
ベッキオがかすかに唸った。肩に手を添えて抱き起こす。
右肩のあたりに赤いしみがついている。それはじわじわと不気味に広がってゆく。
「レイ…。」
ベッキオが目を開けて、フレイザーを見た。
「ベニー、無事か?」
「僕は大丈夫だよ。撃たれたんだね。」
「のようだな。」
フレイザーがベッキオのコートをはだけ、傷の様子を確かめた。
「弾は抜けている。痛むかい?」
「当たり前だろう…。」
ベッキオが唸った。
「ちょっと待って。」
フレイザーは上着を脱ぐとすばやくシャツを脱いだ。
それを彼の傷口に当て、外したランヤードで腕の付け根をきつく縛る。
「痛、いてて!もっとやさしくやってくれよ。死んじまうよ、ベニー。」
「止血しないと、本当に死ぬよ。我慢してくれ。」
「出来るか!いてって。」
しっかり腕を縛ってしまうと、フレイザーは彼をゆっくりとその場に寝かせた。
「これでいい。」
「これからどうする?」
「そうだな。他に出口はないか、調べてくるよ。」
「あぁ。俺も行こうか?」
ベッキオが身動きして、呻く。
「動かないほうがいい。すぐ戻る。」
「戻ったら死んでるかもな。」
「死なないよ。」
「いやにきっぱり言うじゃねえか。」
「そうさ、レイ、君は絶対に大丈夫だ。」
フレイザーはベッキオを勇気づけるように微笑んだ。
立ち上がり、そのまま踵を返す。
フレイザーの背中にベッキオの荒い呼吸が突き刺さる。フレイザーは唇をきつく噛んだ。
その倉庫は空輸された貨物を一時置いておくための場所のようだ。
今は半分ぐらいの場所をコンテナが占めている。あとはがらんとした空間が広がっている。
ずっと奥まで歩いてきて、フレイザーは何もない壁に突き当たった。
出口はおろか、窓すらない。
天井のすぐ下につけられた大型の換気扇から、外の明かりが漏れている。
フレイザーは壁に手をついた。
その手がベッキオの血で真っ赤に染まっている。フレイザーはそれに気づいて、硬く拳を握り締めた。
怒りがこみ上げてきて、壁に激しく拳を叩きつけた。
そのまま荒い息をついていたフレイザーはふいにがっくりと肩を落とした。
深呼吸し、乱れた呼吸を整える。
「レイが待っている。」
足早にフレイザーはベッキオの元へと引き返した。
「残念だが出口はひとつだけのようだ。完全に閉じ込められたよ。」
フレイザーは寝かされているベッキオの横に座った。
「そうか…。俺はこのまま死ぬのかな…。」
「レイ!君は死なないよ。大丈夫。きっと今頃、皆ここに向かっている。すぐに応援がくるさ。」
「そうだな。」
ベッキオが呻いた。
「痛むかい?」
「気分が悪い。なんか、吐きそうだ。」
傷口に当てたシャツが真っ赤に染まっている。血が止まらない。
「ごめん、レイ。今はどうにも出来ない。」
「ベニー?人間ってどれぐらい出血したら死ぬんだろうな…。」
「そうだな、全血液量の三分の一から二分の一ぐらいだといわれている。」
「それって具体的にどれぐらいなんだ?」
「今必要な情報かい?」
「あぁ、ぜひ聞きたいね。」
「わかった。全血液量は成人男性で体重かける80ミリリットルだ。」
「っていわれてもな…。俺の場合は?」
「体重75キロだとして6000ミリリットルが全血液量で、その半分として3000ミリリットルが体内から出てしまうと失血死するということになる。」
「3000ミリリットル…。後どれぐらい残ってると思う?」
「そんなこと、気にする必要ないよ。」
「血が止まらねえんだぜ。さっきから頭もぼ~っとしてきたし、やっぱりこのまま死ぬんだな。」
「やめてくれ。レイ。ひどく見えるけど、傷ついたのは腕だし、ほかに出血も見られない。失血死とは正確には短時間で急激に大量の血液が失われた場合、起こる。じわじわと出血が止まらない場合には、体内の調整機能が働いて、血液量を増やそうとする。だからそう簡単に死ぬことはないんだ。」
「そうか?」
「例えば女性が子供を産むときにも、ひどく出血することがある。世界には全血液量の半分以上の出血があっても助かった例がいくつもあるんだ。」
「それって女の場合だろ。俺は男だぜ。大体女ってのはしぶとく出来ているんだ。なにがあってもずーずーしく生き残るのさ。俺はきっとだめだな…。」
ベッキオは苦しそうに目を閉じた。顔からは血の気がひいて、うっすらと額に汗を掻いている。
フレイザーは掌で彼の額の汗を拭った。
ベッキオが目を開けて、フレイザーを見る。
「なぁ、ベニー、お前とはよくいろんなところに閉じ込められたな。」
「そうだっけ?」
「そうさ、馬の肉と一緒に冷凍庫に閉じ込められて凍え死にそうになったし、金庫に閉じ込められて溺れそうにもなった。お前って誰かと一緒に閉じこもるのが好きなんだな…。」
「別に好きじゃないよ、偶然そうなっただけだ。それに状況はそれぞれ違うだろう?僕から進んで閉じこもったわけじゃない。」
ベッキオがうっすらと口の端で笑った。
「いいや、お前は誰かと閉じこもるのが好きなんだって。認めろよ。」
「だけど、今回のは君が僕を押し倒したんだ。君から閉じこもったんだよ。」
「そうか?そうだったな…。」
ベッキオが苦しそうに眉をしかめた。呼吸が浅い。
フレイザーにはどうすることも出来なかった。着ていた上着を脱ぐとベッキオの体にかけた。
目を閉じたまま、ベッキオが掠れた声で呟いた。
「なぁ、ベニー、もし俺が死んだら…。」
「レイ。そんなこと言わないでくれ。」
フレイザーが怒ったような声でベッキオの言葉を遮った。
ベッキオが目を開いてフレイザーを見つめた。
その翠の潤んだ瞳に見つめられ、フレイザーは何も言えなくなる。
「頼む、最後まで聞いてくれ。」
「わかった。でもあくまでも仮定の話だからね。」
「あぁ、もし、だ。もし、俺が死んだら、ベニー、俺の車を貰ってくれよ。絶対にスクラップにはしないでくれ。」
「わかった。もしそんなことがあったら、君だと思って大切に乗るよ。」
ベッキオは満足そうに頷いた。
「それから、もうひとつ…。妹のことだけどな。お前、フランチェスカのこと、どうとも思ってねえんだろう?」
「レイ、その質問には答えられないよ。」
「俺にはわかるんだ。お前は人が自分のせいで傷つくのを怖がっているから、 フラニーにはっきり言えないんだろうけど、それって残酷なんだぜ。」
フレイザーは黙ってベッキオの顔を見つめた。
苦しそうな浅い呼吸の中、掠れ気味の声で、ベッキオは続けた。
「いいか、好意を持っているとか、友達の妹だからって感情だけで、本当に愛せないんだったら、はっきりそう言ってやってくれ。最初はショックを受けるだろうが、あいつのためを思うなら、そうしてくれ。今のままじゃ、フラニーもかわいそうだ。今までなら俺がいたから、それでもよかったんだけどな。俺が死んだら、ベニー、あいつの目を覚まさせてやってくれ。」
「わかったよ。レイ、君の言うとおりにする。」
「よかった、約束だぜ。ベニー。」
「でも、仮定の話だろ?もし、君が…。」
フレイザーには最後まで言えなかった。もし君が死んだら…。それは今、現実味を帯び始めている。
血が止まらない。ベッキオの寝かされている地面に血溜まりが出来初めている。
「だから、絶対にそんなことはありえないよ。レイ。」
「あぁ、そうだな。もし俺が死んだら、の話だ…。」
ベッキオが無理やり笑顔を作ってみせた。
「あいつら、何してやがるんだ?寝てるじゃねえのか…?」
ベッキオがぼやいた。フレイザーもベッキオを勇気づけようと微笑んだ。
微笑みながら、鼻の奥がつんとなり、涙が溢れそうになる。
ベッキオがフレイザーのそんな表情をとらえ、重そうに腕を伸ばした。
「そんな顔すんな。俺は大丈夫なんだろう?お前がそう言ったんだぜ。」
すっと指の背でフレイザーの頬を撫でる。
その指の冷たさにフレイザーの心臓は縮み上がった。
ベッキオの手を包もうとするが、力なくその腕は彼の体の脇に落ちた。
レイが死んでしまう。フレイザーは堪らず叫んだ。
「今すぐ救援を呼んでくる。どうしてでも、必ず助けを呼んでくるよ。」
「無駄なことすんな…、ベニー。それより…。」
ベッキオは苦しそうに言葉を切った。そっと目を閉じて、掠れた声で続ける。
「それより、ここにいてくれ…。」
「なぁ、ベニー、今こそお前お得意のイヌイットの伝説ってやつを聞かせてくれよ。」
ベッキオが乾いた声で呟いた。
「いいよ、どんな話がいい?」
「そうだなぁ。血沸き、肉踊る、冒険物語がいい。んでもって飛び切りの美女が出てきて、最後はハッピーエンドってやつ、そんな話、あるか?」
「あぁ、ぴったりの話があるよ。ちょっと長いけどいいかな?」
「時間はたっぷりありそうだ。ひとつそれ頼む。」
「わかった。こんな話だ。」
フレイザーは話始めた。
「ある村にとても狩りの上手い若者がいた。彼はひとりぼっちだったが、狼の相棒がいた。彼らはとても固い絆で結ばれていて、危機のときには助け合った。獲物が少ない季節にも、彼らだけはいつも何かの収穫があった。それは彼らがとてもいい相棒同士だったからだ。」
「まるでお前とディーフみたいだな。」
「そうだね。そんな感じかな?ある年は異常気象が続いていた。何ヶ月も吹雪が止まず、獲物も獲れなくなってしまった。とうとう彼らはいつもは絶対に行かないような場所まで狩りに出かけざるを得なくなってしまった。」
「それで、いつ美女が出てくるんだ?」
「まだだいぶ先だよ。」
「いっそ端折って美女のところだけでもいいんだぜ?」
「それじゃ、話がわからないじゃないか。ちゃちゃ入れられたら先に進めないよ。」
「わかった、わかった、黙っているから、先話せ。」
「ようやく吹雪が止んだ夜、犬ぞりを仕立てて彼らは出かけた。獲物を絶対に持ってくると村人に約束して。真っ白な雪の平原を彼らは走り出した…。」
ベッキオはじっと、熱心に話し続けるフレイザーの顔を見上げていた。やがて、静かに目を閉じた。
「それから、その川には狼の名前をつけられ、そう呼ばれるようになったんだ。終わり。どう?いい話だろう?レイ?」
ベッキオの返事はなかった。フレイザーはベッキオの顔を覗き込んだ。
がっくりと首をたれ、ベッキオの顔から生気は感じられない。
慌ててフレイザーはベッキオを抱きかかえた。
「レイ!」
フレイザーが叫ぶ。ベッキオからは何の反応も返ってこない。
「レイ、ふざけるのは止めてくれ。レイ。」
しかし、ベッキオの返事はない。フレイザーはしっかりと彼の体を抱きしめた。
「ひどいよ。僕をおいて逝ってしまうつもりなのか?そんなの許さない。レイ!」
フレイザーは叫び続けた。フレイザーの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「頼むから目を開けてくれ。レイ。」
フレイザーはこらえきれず、ベッキオの胸に額をつけた。
「死んだのか?」
ふいに声が響いた。
フレイザーが目を上げて、目の前に立つ父親の幽霊を見た。
「死んでないよ!レイが僕をおいて一人で逝くはずない。レイ!」
フレイザーはベッキオをゆすった。
「そんなにゆするな。死んだものも目をさますぞ。」
「父さん、そんな言い方しないでくれ。何とかしてよ。幽霊だろう?」
「無茶言うな。幽霊にだって出来ないこともある。それにまだ息しとるじゃないか。」
「レイ!目を開けろ。レイ。僕の声が聞こえてるんだろう?父さん、レイを助けてよ。」
フレイザーはしっかりとその腕にベッキオを抱いたまま、父の幽霊に必死で訴えた。
幽霊は困惑して立ち尽くしている。
「何とかしてやりたいが、わしではどうにもできん。ちょうどお前達の世界とわし達の世界の中間を漂っているような感じだな。」
「呼び戻してよ。幽霊なのにそれぐらいできないの?父さん!」
父の幽霊はゆっくりと首を振った。
「レイ、僕を一人にしないでくれ。レイ…。」
フレイザーはベッキオの名を呼び続けた。
その頃、ベッキオはトンネルのような中を漂うように歩いていた。
「ここはなんだ?ベニーの話の続きか?それとも俺はもう死んだのか…。」
ぽっと前方が明るくなり、人の話し声が聞こえてくる。
ベッキオはその声に導かれるように歩いた。
「親父…。」
ベッキオの父親がビリヤードに興じている。
しかし彼以外の人影は、存在は感じられても実態としてはっきりとは見えない。
ベッキオの父親が彼に気づいて手を止めた。
「どうした、レイ?ここはお前がくるところじゃない。帰れ!」
その言い方にベッキオはむっとして答えた。
「そんな言い方はねえだろう。大体どうやって来たかもわからねえのに、帰れっていわれてもなぁ。」
「お前が来るにはまだあと30年以上あるはずだ。こんなに早くからお前の顔を見て暮らすかと思うとぞっとするぞ。さっさと引き返せ。」
「あぁ、俺だって親父と顔つき合わせてたくないぜ。」
父親がベッキオを促し、トンネルの入り口まで連れてゆく。
「耳をすましてみろ。」
ベッキオが怪訝な表情で父親を見た。
「何も聞こえねえよ。」
「そんなはずはない。帰りたいんだろう?だったらよく聞くんだな。」
ベッキオは耳をすませた。
遠くから自分を呼ぶ声がする。フレイザーだ。
そう思った瞬間、なにかに吸い込まれるように、ベッキオの意識は飛んでいった。
「父さん、どうしよう。返事がない。お願いだ。彼を助けてよ。」
フレイザーの父親の幽霊は静かに首を振った。
「レイ、僕をおいて逝かないでくれ。頼むよ。レイ!目を開けてくれ。レイ!」
フレイザーはしっかりとその腕にベッキオを抱きしめた。
ふいに静寂を破って雷のような金属音が響いた。
その音にフレイザーが顔を上げ、閉まっていた扉を見る。
鋼鉄のドアの一角がだんだんと赤く染まり、やがてそこから火花が飛び始めた。
「レイ、救援だ。助かったんだよ。レイ!」
フレイザーが叫んだ。ベッキオの顔を覗き込む。
ベッキオのまぶたがぴくっと震えた。
それに気づいて、フレイザーの顔が歓喜にゆがむ。
大粒の涙がフレイザーの紺碧の瞳から零れ落ちた。それはベッキオの頬を濡らす。
「レイ、もう大丈夫だ。助けが来たんだ。」
じっとフレイザーはベッキオの顔を見つめた。
血の気のない頬をやさしく撫でる。
フレイザーはゆっくりとベッキオに顔を近づけた。
目を閉じ、そっと唇を重ねる。
まるで自分の命を彼に吹き込もうとするかのように。
そのとき、重なり合う二人の影をじっと見つめる姿があった。
お互いの息子を見守る父親達の幽霊だった。
二人の幽霊は顔を見合すと、やれやれというふうに肩をすくめた。
やがて火花が激しくなり、とうとうドアが焼き切られた。外の明かりが漏れる。
「フレイザー、ベッキオ。無事か?」
ヒューイ刑事の声が響く。
「ヒューイ刑事。レイが撃たれたんだ。出血がひどい。」
フレイザーが叫んだ。
「わかった。誰か担架を早く!」
そしてあたりは喧騒に包まれ、慌しくベッキオの体は運ばれていった。
フレイザーは彼の血に染まったまま、じっとその場に立ち尽くしていた。
フレイザーが病室に入ってきたとき、ベッキオは目を閉じていた。
顔を覗き込み、フレイザーはにっこりと微笑んだ。
人の気配にベッキオがうっすらと目を開ける。
自分を覗き込むフレイザーと目が合い、ベッキオは慌てて身を起こした。
「何だ?何じっと人の顔見てるんだ?」
「ごめん、寝てるのかと思った。」
フレイザーが言い訳めかして言った。
「一日中じっとしているんだぜ。そうそう眠れるかよ。あぁ、チーズたっぷりのビザが食いたい…。」
元気そうなベッキオの様子にフレイザーはほっと胸をなでおろす。
「まだ無理だよ。体が受け付けないと思うけど。」
「俺には血が必要なんだ。ここの食事じゃ退院する前に飢え死にしちまうぜ。」
「わかった。先生に頼んで、許可がおりたら差し入れに持ってくるよ。」
「ほんとか?許可がおりたらって、それじゃ無理じゃねえか。」
「言ってみなきゃ、わからないよ。」
「お前のその説得力のある言い方で頼んでみてくれよ、そしたら医者だってかわいそうだと思ってくれるかもしれねえ。」
「それ、どういう意味?」
「別に…。」
ふいにベッキオがひどくまじめな顔でフレイザーを見つめた。
「なぁ、ベニー、聞きたいことがあるんだ。」
フレイザーが何?というふうにベッキオの顔を覗き込む。
「お前さ、助けがくるちょっと前に、さ…。」
「うん?」
言いにくそうにベッキオは言葉を捜している。
フレイザーはそんなベッキオをじっと見つめたまま、無邪気に次の言葉を待っている。
ベッキオの頬が急に真っ赤に染まった。
「レイ?どうした?顔が赤いよ。」
「もういいよ。なんでもない。」
「気になるな。言いかけたことは最後まできちんと言ってくれよ。」
「いいや、本当にもういいんだ。この話はこれで終わりだ。」
「レイ、そんな言い方されたんじゃ、気になって眠れない。」
「嘘つけ、お前はどんな状況でも、しっかり熟睡してるだろうが。もう今日は帰れ。」
「変なレイだな。わかった、今日は帰るよ。今度来るときに続きを聞かせてくれ。」
「もう忘れた。お前こそピザ、忘れるな。」
フレイザーはくすくす笑いながら、ベッキオの病室を後にした。
廊下を歩きながら、フレイザーは今のベッキオとのやりとりを思い出していた。
彼にはベッキオが自分に何を言いたかったのか、はっきりとわかっていた。
少し後ろめたい思いを抱えながら、それでも元気そうなベッキオの様子にフレイザーは喜びを隠しきれなかった。
「何で奴にはっきり言わないんだ?」
フレイザーの父親が彼と並んで歩いている。
「奴が聞きたかったこと、お前はわかっているんだろうが。はっきり言ってやったらどうだ?」
「父さん、何のこと?」
「お前があいつにキスしたことだよ。」
フレイザーが立ち止まった。ゆっくりと父親を見る。
「父さん。もしかして…。」
父親は息子の顔をじっと見て、にやりと笑った。
「どうしてあんなことしたんだ?えぇ?」
フレイザーは少しうろたえながら、踵を返し、すたすた歩き出す。
「何を言っているのか全然わからないよ。そんなことした覚えはない。」
「ごまかすな。わしはちゃんと見たんだぞ。」
「きっと幻を見たんだ。僕はそんなことしていない。」
「嘘をつくな、嘘を。」
「父さん!」
フレイザーはひたすら早足で、廊下を進んでゆく。
「わかった、何も言わないつもりだな?いいだろう。だが、今頃奴の父親が告げ口しとるぞ。」
その言葉にフレイザーの足が止まった。ゆっくりと父親を振り返る。
「ちょっと待って、それってどういう意味?」
父親はしらっとした顔で言った。
「見たのがわし一人だと思ってたのか?奴の父親と一緒に見てたんだ。あいつは息子に言うな。そういうタイプだ。」
「どうしよう…。」
フレイザーが呆然と肩を落とした。
ベッキオはぐったりと枕に頭を預けていた。
フレイザーは何も言わなかった。ベッキオ自身、確信はもてなかったのだ。
あの時、唇に暖かくやわらかい何かが触れたような気がした。
それは重い体に力をあたえようとするかのように、やさしく触れた。
あれは幻だったのか。
ベッキオはそっと指先で自分の唇に触れてみた。あの時の感触を思い出そうとするかのように。
「元気そうじゃないか。」
その声にベッキオははっとして指を引っ込めた。
「親父!何しに来たんだよ。」
ベッキオの父親はにやにや笑って自分を見ている。その顔を見ていると、ベッキオはだんだん腹が立ってきた。
「今さら何しにきたんだ?俺が死にかけてるときには助けもしなかったくせによ。」
「なに言ってる。ちゃんと助けてやったのがわからんのか?まあいい。お前の聞きたがっていること、教えてやろうか?」
「何のことだ?」
「あの赤服のことだ。」
怪訝な表情でベッキオは父親を見た。
「フレイザーのことぉ?」
「俺は見ていたんだぜ。あいつがお前に何をしたのか。教えてやろうか?」
ベッキオの頬に血の気がさす。
ベッキオはそれを見られまいとするかのように父親に背中を向けた。
「いいや、聞きたくねえ。何も言うな。」
「何でだ?知りたいんだろう?さっき、確かめようとしてたじゃないか。」
ベッキオががばっと起き上がって大声で怒鳴った。
「聞きたくねえって言ってんだろうが!」
そのまま肩で息をするとがっくりと倒れこむ。
「急に動いたらくらくらしやがる。」
父親の幽霊が肩をすくめた。
ベッキオはぼそっと呟いた。
「いいから消えちまえよ。親父。あんたからは何も聞きたくない。」
「変な奴だな。」
「あんたにはわからねえだろうな。
あいつが俺に言わなくてもいいと思ってるんなら、俺も知る必要はないんだ。」
ベッキオは目を閉じた。
そういうことだろう、ベニー。心の中で聞いてみる。
そっと指先で唇に触れる。ベッキオはそのまま微笑んだ。
俺は何も知らなくていいんだよな、ベニー。何も気づかなかった、それでいいんだよな。
やがてうとうととベッキオは浅い眠りに落ちた。
「本当に二人で見ていたの?」
フレイザーは父親に問いただす。
「そうだ。」
「全部見ていたんだね?」
「あぁ、全部見せてもらった。」
フレイザーががっくりと肩を落とした。
「どうしよう、本当のことなんて言えないよ。」
「なんで、あんなことした?」
「わからないよ。その場の雰囲気かな?助かったと思った瞬間、嬉しくてつい興奮して…。気がつくとああいうことに…。」
「ならそう言えばいいじゃないか、あいつも聞きたがっていることだし。」
フレイザーはじっと父親を見つめた。
「だめだ。言えない。絶対に言えないよ。」
フレイザーは頭を抱えた。ふいに思いついたように、顔を上げると言った。
「そうだ、こうしよう。レイに何を言われても白を切りとおすんだ。知らない、覚えてないってね。」
「お前にそういう芸当が出来るとは知らなかった。」
「そうだね、出来そうにない…。」
「そんなに悩むな。聞かれたらそのとき考えればいいだろう。」
フレイザーが頷いた。
「もう一度、レイに会ってくるよ。」
フレイザーは長い廊下を引き返した。
フレイザーはベッキオの病室を覗いた。ベッドの上のベッキオはじっと動かない。
眠っているようだ。そっとフレイザーはベッドに近づいた。ベッキオの寝顔を覗き込む。
ベッキオが目を覚ました。フレイザーと目があい、驚いて起き上がり、そのままふらっと倒れこんだ。
「レイ、大丈夫かい?」
「急に動くとふらつくんだよ。夢だったのか?お前、さっきも来てなかったっけ?」
フレイザーが頷いた。
「なんだ、忘れ物か?」
「違うよ。さっきの話だけど…。」
ベッキオの頬がさっと赤く染まる。
「あの話はもういいって言ったろうが。しつこい奴だな。」
「でも、レイ、本当は…。」
フレイザーは言いにくそうに目を伏せた。
「いいか、ベニー。俺はあの時、棺桶に片足突っ込んでたんだぜ。あの時のことは夢見てたみたいなもんで、はっきりと覚えてねえんだよ。だから、本当はどうだとかこうだとか、もうどうでもいいことなんだ。」
ベッキオは言葉を切った。そしてひどく真面目な表情で自分に言い聞かせるように続けた。
「そうさ、どうでもいいことなんだ。だから、もうその話はなしだ。いいな、ベニー。」
フレイザーが頷いた。
「わかった、僕もそのほうがいい。」
二人はしばらくじっと見詰め合った。
何も言わなくてもわかりあえる。
フレイザーが微笑んだ。
「もう行くよ。」
そしてドアのところで振り向いて、小さな声で言った。
「早く元気になって。」
ベッキオがだるそうに答えた。
「無理だな。このままじゃ栄養失調になっちまう。」
「わかったよ。この次はビザを持ってくる。」
「ははーん、やったぜ。医者の許可を取ってからとかもう言うな。絶対に持ってこい!」
フレイザーが仕方がないというふうに頷く。そのまま部屋を出て行こうとする。
ベッキオがその背中に声をかけた。
「ベニー?」
フレイザーが振り返った。
「なんでもねぇ。ちょっと呼んでみただけだ。ピザ、忘れるなよ。」
今度は誰に邪魔されることなく、フレイザーは長い病院の廊下を歩いた。
ロビーを抜け表に出る。待っていた狼が彼の姿を見つめ歩み寄る。
フレイザーは狼の前に跪き、狼の目を覗き込んで言った。
「ディーフ、もうレイは大丈夫だよ。よかった…。」
狼の長い鼻を両手で挟んで撫でる。
「もう大丈夫なんだ…。」
そう口に出して言っているうちに、フレイザーは嬉しさで胸が一杯になってしまい、思わず狼をぎゅっと抱きしめた。
しばらくそうして懐かしい匂いに満たされる。
狼が苦しそうに身をよじった。
ようやくフレイザーは狼から離れると、立ち上がった。
「ディーフ、帰ろう。」
明るい表情でフレイザーは歩き出した。その後ろを狼がついて行く。
弾むような足取りで、雑踏に紛れ込む。
やがて彼の赤い制服は、人ごみに紛れ、見えなくなった。
終わり