やっぱり、どこかにおいておきたいと思いました。
だから、こっそりUPします。
まずは、一番初めに書いたものを。
Dream Catcher Vol,1
作 朋
このお話は「もう一度君のために Some Like it Red」の設定で考えました。
だから、最初、フレイザーはMiss.フレイザーです。
Vol.1
ようやく空気に日の暖かさが感じられるようになってきたある午後のことだった。
寄宿学校への潜入捜査のため、女装したフレイザーを伴い、シカゴ市警のレイ ベッキオ刑事はその古美術商を訪れた。
探している少女について何か思い出したことがあれば教えてくれるよう名刺を置いてきた。
しかし、連絡がくる確率が低いことは何となくわかっていた。
リヴィエラに乗り込み、ベッキオはエンジンをかけた。そのとき、フレイザーがベッキオの腕に触った。
古美術商の店の中から、先程店内では見かけなかった男が出てきたのだ。
「レイ、ちょっと待ったほうがよさそうだ。」
「フレイザー、さっきいなかったからって、あいつが何かするとは限らないぜ。」
そう言いながらも、ベッキオは車を目立たない路地へと移動させた。
男は何か慌てた様子で青いバンに乗り込むと走り去った。後を追うリヴィエラ。
「奴は何者だ?セリーヌの行方を知っているのか?」
「彼がセリーヌの行方を知っているかどうか、はっきりとした確信はない。ただ、わかっているのはあの古美術商は彼女の失踪に何か関係があるということだけだ。そして、あのバンの走らせ方は普通じゃない。」
「確かに、ここに交通課の連中がいなくてよかったぜ。制限速度20マイルオーバーだ。」
青いバンは倉庫が立ち並ぶ裏通りの一角で止まった。
バンから1ブロックは離れてベッキオはリヴィエラを止めた。幸い男に気づかれた様子はなさそうだ。
「やばい。」
男はバンから降りるとあたりを伺い、リヴィエラの止めてあるほうへと歩いてきたのだ。
ベッキオはフレイザーに覆いかぶさった。
それは男に自分たちの顔を見られないようにするためのとっさの行動だった。
ベッキオは両手でフレイザーの頬を挟み、唇を重ねた。
ほんの数秒の出来事だった。男がリヴィエラから離れ二人に気づかず行き過ぎてしまった瞬間、ベッキオはフレイザーを乗り越えて、車外に飛び出していったのだから。
フレイザーは動けなかった。
ベッキオに唇を奪われた瞬間、彼の思考は止まってしまった。
体の奥から湧き出してくる痺れるような快感に完全に酔わされていた。
温かく柔らかいレイの唇。頬にかかるレイの息遣い。
胸に押し付けられるレイの重み。伝わる鼓動。
まるで初めてキスを経験する少女のように、フレイザーは震えた。
女装をし、女として行動するうちに、本当の女になってしまったかのようだ。
パンストで圧迫され、歩き辛いヒールを履き、長い髪をかきあげ、スカートのすそを気にする。そして、いつもは自分が開けていたドアを、今はレイが自分のために開けてくれる。女性として自分に接してくれる。
ほんのおふざけのつもりが、すっかり女性としての立場に酔っていたのかもしれない。
いつも思っていた。自分が女なら、きっとレイに恋をするだろうと。
フレイザーは動けなかった。じっとレイの唇の感触を味わっていたかった。
体の奥から湧き上がってくる快感にこのまま酔っていたかった。
しかし、突然沈黙は破られた。後部座席にいた狼が一声吠えたのだ。
我に返ったフレイザーは慌てて車から飛び出した。
しかし、ベッキオがどちらに向かったのかもうわからない。
あたりに人影はなく、何もなかったかのような静けさが午後の街角を覆っていた。
狼が鼻を使って進みだした。フレイザーはその後をついていくしかなかった。
ベッキオは車から飛び出し、男の後を追った。
何も気づかない様子で男がある路地に入った。そっと後をつける。
角を曲がると路地は薄暗く、行き止まりになっていた。
確かに男がここに入ったはずである。しかし今、そこに人影はない。
ベッキオは入れそうなドアや上れそうな梯子はないかと、ぐるりとあたりを見回した。
それらしい痕跡は見当たらない。
フレイザーも追ってこない。仕方なくベッキオは引きかえそうと肩を落とした。
その時、ベッキオは後頭部に衝撃を感じ、泥の中に崩れ落ちた。
背後に拳銃を手にしたあの男が立っていた。
暗闇がぽっかりと口を開け、白髪の男が姿を現した。
「アル、そいつは何だ。とんだドジ踏みやがって。」
アルと呼ばれた男は、白髪の男に言った。
「気がつかなかったんだ。仕方ないじゃないですか。どうします?」
白髪の男は倒れているベッキオの体をまさぐり、ベルトからバッジを取るとため息をついた。
「何でサツがいるんだ?アル、どこからつけられていた?」
白髪の男は、苛立たしく腕時計をみると、
「くそ、時間がない、とりあえず連れてこい。小娘と一緒に後で始末をつければいい。」
そう言うと、あごでドアを示し、ベッキオのバッジをポケットに入れた。
アルがぐったりとしたベッキオの腕を取り、ドアの中へと引きずっていく。
白髪の男は引きずった後を丁寧に消し自分も後に続いた。静かにドアが閉まった。
フレイザーが狼を伴ってその場所についたのは、ベッキオが連れ去られてからほんの数分たった頃だった。
狼の鼻は白髪の男がわざわざ消した痕跡もすぐに見抜いてしまう。
「ここか?ディーフ。」
ドアに手を押し付け、フレイザーはおもむろに体当たりをしたが、鋼鉄製のドアはびくともしない。
そこから入るのは諦め、表に回る。
ちょうどその時、あの青いバンが走り去るのを、フレイザーは目の端で捉えた。
建物の中には誰もいなかった。あの路地に通じるドアには何かを引きずったような痕跡がはっきりと残されていたが、ベッキオの行方を知る手がかりは見つけられなかった。
「あの時のバンだ。」
フレイザーはリヴィエラに引き返すと慌てて服を着替えた。
いつもの制服に身を包むと、自信が湧き上がってくるのを感じる。
それでも危なかしい運転でフレイザーは27分署へとリヴィエラを走らせた。
いつものようにイレーンはコンピューターに向かっていた。
だれも彼女を気にはしていない。ひたすら単調に流れていく時間。
ふと手元が影になり、彼女は顔を上げた。暗い目をしたフレイザーが自分を見ていた。
「どうしたの?フレイザー、大丈夫?」
「頼みがあるんだ。」
深刻な口調にイレーンはフレイザーの目を覗き込んだ。
「このナンバーの車について情報が欲しいんだけど、調べてもらえないかな…、忙しいのはわかってるんだけど、できれば、その…。」
「大急ぎ?」
ただならぬフレイザーの様子に彼女は察して言った。
うなずくフレイザーの手からさっとメモを取ると、
「すぐに調べてあげるわ、ちょっと待っててね。」
とイレーンは奥に消えた。
フレイザーは引き寄せられるようにベッキオのデスクに歩み寄った。
ベッキオの椅子に腰を下ろす。その瞬間、またあの感覚が甦ってきた。
レイの椅子…。
腰のあたりから痺れるような快感が背骨を伝わって湧き上がってくる。
フレイザーはたまらず足を組んだ。
そっとかたわらの電話に触れた。
その受話器を自らの耳にあててみる。レイの匂いがする。
いつもレイが握っていた。受話器を握る手のひらが熱くなった。その時、
「電話をかけられますか?」
耳にあてた受話器から女性の声が聞こえ、フレイザーは我にかえった。
「いいえ、いいんです。」
うわずった声で答えると受話器を置いた。
「わかったわ。」
イレーンが戻ってきたとき、フレイザーは思いつめたようにじっとベッキオのデスクに座っていた。
フレイザーのただならぬ様子に、イレーンは足を止めた。
「本当に大丈夫なの?熱でもあるんじゃない?」
イレーンはフレイザーの額に手をのばした。
彼女の指がフレイザーの額に触れた瞬間、フレイザーがビクっと飛びのいた。
「大丈夫だ。何でもない。」
ブルッと頭を振ると彼は笑顔を作った。イレーンにはその笑顔がひどく無理しているように見えた。
イレーンの調べてくれた情報によると、青いバンの持ち主はあの古美術商とは直接関係がないように見える。
彼はしかし自分の自宅とは別にミシガン湖のほとりに倉庫を借りている。
フレイザーはその事実を見逃さなかった。
リヴィエラにはベッキオの匂いが濃厚に染み付いていた。
車に乗った途端、我を忘れそうになり、フレイザーは慌てた。
自分のせいでレイが危険な目にあっているというのに、自分はあのキスのことを考え続けている。
よこしまな考えに取りつかれ、すっかりいつもの自分をなくしている。
フレイザーは自分を責めた。何も考えなくてすむよう、車の窓を全開にして、アクセルを踏み込んだ。
スピードを上げたリヴィエラは、暮れなずむ高速道路へと吸い込まれていった。
ベッキオは、せり上がってくる吐き気に、意識を取り戻した。
目の前に暗闇が迫る。
一瞬自分がどこにいるのかわからなくなり、パニックが襲ってくる。
動こうとして、後頭部に衝撃が走った。胃がせり上がってくるような激しい吐き気に襲われる。
大きく息を吐き出し、ベッキオは自分がどうしたのか思い出そうとした。
絶え間なくゆれる振動に、後ろ手に縛られた肩が痛む。
聞きなれたエンジンの音に、自分が車の後部座席に転がされていることにようやく気づき、ベッキオはあたりを伺った。
目を開けているにもかかわらず、何も見えない。
荒い毛布かなにかに包まれているようだ。大きく車が跳ねた振動で、目の前に火花が散り、再びベッキオは気を失った。
夢うつつの中で、ふわりと体が浮いたかと思うと、突然落下した。
ベッキオは呻いた。
耳鳴りがひどく、頭もずきずきと痛む。ひどく遠くから数人の声が響いている。
ベッキオは耳をそばだてた。
「どうしてこいつを連れてきた?」
「すいませんジョンストンさん。しかし、あの場に残してはこれないと思って。」
どうやら自分のことを話しているらしいとベッキオは考えた。
声はなおも続いた。
「つけていたのはこいつ一人か?」
「多分そうだと思いますが…。」
かぶされていた毛布が取り払われ、あたりが明るくなった。
うっすらと目を開けると、男の靴が見えた。
きれいに磨かれた靴。上等の靴だとベッキオは思った。
「気がつきましたか?刑事さん。」
感情を押し殺した低い声が頭の中に響いた。
ベッキオはしゃべろうとしたが、舌がこわばっており、呻き声しか出せなかった。
上等の靴が、突然ベッキオの肩を踏んだ。
「どうして彼をつけていた?一体何をつかんでいるんだ?」
「何のことかわからんな」
ようやく搾り出した声はしわがれ、それでもいつもの皮肉さは出せたようだ。
ベッキオを踏みつけていた靴は、勢いよく彼の胸を蹴った。
鈍い音がして、ベッキオが叫んだ。
痛みに震えながら体を丸くする。
「肋骨が折れたか。しゃべろうが黙っていようが、どっちにしても同じことだ。お前には死んでもらう。刑事の失踪。よくある話だろう」
「お前ら、一体何をする気だ?セリーヌはどうした?」
ベッキオはうめきながら聞いた。ジョンストンはにやっと笑って答えた。
「冥土の土産に聞かせてやろう。あの小娘はとんだ宝物を見つけたんだ。学校の地下の金庫からな。私はそれを頂いた。今日、その宝物を買いに、カナダからお客様がお見えになる。大事な商談だ。お前と小娘は、お客さまがお帰りになったあと、仲良くミシガンの底に沈むことになる。」
「殺したのか?」
「大事な商談だと言っただろう?その前に生臭いことはしないさ。小娘はまだ生きている。」
そう言い残すと、ジョンストンはアルに目配せし、ベッキオをその場に残し、奥へと立ち去った。
アルがベッキオを見下ろして言った。
「もうしばらくねんねしといてくれ。後でゆっくり料理してやる。それまでこの世とのお別れを楽しむんだな。」
アルはベッキオにさる轡をはめると、ジョンストンに続いて奥へと姿を消した。
ベッキオはもがいた。
しかし息をするだけで胸は痛み、どくどくと血管が脈打つのを感じる。
何とかしてセリーヌを救い出さねばと気持ちばかりあせる。
しかし、ベッキオには自分の体ひとつ自由に動かすことも出来ない。
もがけばもがくほど、体力は消耗され、痛みは彼の感覚を奪ってゆく。
やがて彼の意識は、深い闇の中に吸い込まれていった。
リヴィエラがその倉庫についた時、もう夜の帳が辺りを覆いつくしていた。
倉庫は誰もいないかのように静まりかえっていた。フレイザーはそっと目を閉じ、レイを思った。
リヴィエラのダッシュボードからベッキオの拳銃を取り出し、それを見つめる。
決心したかのように彼は拳銃を握りしめた。それを無造作にポケットに突っ込むと、フレイザーは車を降りた。
問題の倉庫の周辺を周りながら、フレイザーはどうやってこの中に入ろうかと思案していた。
窓は高く、飛びつくにも手がとどきそうにない。
出入り口は道路からのひとつだけ。今はぴったりと閉ざされている。
辺りをうかがいながら、フレイザーは歩いた。道路から反対側に、湖から船の荷を運ぶための桟橋が伸びていた。
どうやらそこから入れそうだ。フレイザーはゆっくりと桟橋に近づいた。
桟橋から二階への階段が伸びている。
フレイザーはそこを上った。ドアの鍵は簡単に開いた。
そっと中に滑り込み、再びドアを閉める。
中は真っ暗だったが、暗闇になれたフレイザーの目にはおぼろにあたりの見当はついた。
狭い事務所のような部屋を抜け、反対側のドアから廊下に出た。そこは吹き抜けになっており、空間が広がっている。
音を立てないようにそっと歩きながら、フレイザーは空気を嗅いだ。
血のにおいがかすかに漂ってくる。
眼下にぼうっと明かりがもれ、長い人影が揺れている。
そして、その明かりに照らされ倒れているベッキオが見えた。
フレイザーはベッキオの姿を確認すると、再び事務所に戻った。デスクの上の電話を見つけ、受話器を取った。
ベッキオは硬く目を閉じ、その顔から生気は感じられない。
「死んだか?」
ジョンストンが言った。
「息はしているようですが。時間の問題でしょう。」
「念の為、とどめをさせ。」
ジョンストンがアルに目配せし、アルは拳銃を抜くとベッキオに狙いを定めた。
その瞬間、銃声が響いた。
アルの手から拳銃が弾け飛ぶ。
「何事だ!」
ジョンストンが振り向いた。
そこには拳銃を構えたフレイザーが立っていた。
「動くな。動けば撃つ。」
フレイザーは静かに言った。
何の感情もこもっていないその声にジョンストンは動けない。
ゆっくりとフレイザーは近づき、ジョンストンに銃をつきつけた。
「手を頭で組め。」
フレイザーの声は落ち着いていた。
かえってそれが逆らえない迫力を感じさせる。黙ってジョンストンは従うしかなかった。
やがて遠くからサイレンの音が響いてきた。
フレイザーはジョンストンに狙いを定めたまま、扉の開閉ボタンを押した。
ゆっくりと扉が開く。外にはようやく到着した警察の車、救急車のライトがあふれていた。
警官が倉庫になだれ込む。
ヒューイ刑事がすれ違い様にフレイザーに聞いた。
「大丈夫か?」
フレイザーはうなずいた。
救急隊員がベッキオを担架に乗せてやってくる。
それをフレイザーは苦悩の表情で見送った。
「少女を保護しました。」
ヒューイ刑事の声が響いた。しかしフレイザーにはその言葉は何の意味もなさなかった。
ウェルシュ警部補がゆっくりとフレイザーのそばにやってきた。
フレイザーはベッキオの拳銃を差し出した。
「それは何だ?」
「ベッキオ刑事の拳銃です。自分は拳銃の携帯許可を得ていません。ですから…。」
「逮捕しろと?」
「はい。」
ウェルシュ警部補はフレイザーの肩に手をかけ、低い声でささやいた。
「お前はベッキオの命を救ったんだ。それはベッキオの拳銃だ。撃ったのはベッキオだ、違うか?」
フレイザーはウェルシュ警部補を見つめた。
「いいんですか?」
「いいからベッキオに付いててやれ。後は我々の仕事だ。」
そういい残し、部下がきちんと仕事をしているか確認するため、ウェルシュ警部補はその場を離れた。
フレイザーは警部補の背中に頭を下げた。
To be Continued