恐れ

Dec 17, 2008 03:04

Title:恐れ
Author: むいむい
Pairing:House/Wilson
Rating:G
Disclaimer: All characters belong to Heel and Toe Films, Shore Z Productions and Bad Hat Harry Productions in association with Universal Media Studios.No infringement is intended.
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*Fiction in Japanese



痛みにおれはうめいた。
 いつもの痛み、とっくに慣れっこになった脚の痛みだけではなく、全身が痛んだ。呼吸する肺も脈打つ心臓も痛み、背中も頭も不快でたまらない。まるで生きていること自体が、おれを苛む責め苦であるかのようだった。
 せめて楽な姿勢をとろうとしたが、腕には点滴の管がささり、尿道にはカテーテル、指先にも胸にも額にも、ありとあらゆるところに計測器がとりつけられていて動けない。
「……クソッタレ」
 罵る言葉すら、酸素吸入器のマスクに遮られて出てこない。
 おれは唯一自由になる目を必死で動かした。
 ベッドのわきに椅子を置いて、白衣の男が座っているのが右目の端にはいった。
 おれはうめいた。「助けてくれ」という合図のために。
 男はおれの顔をのぞきこみ、微笑んだ。
「意識がもどったんだね。よかった……もう、大丈夫だ」
 彼は焦げ茶色の目を優しくうるませ、おれの頬にそっと触れた。それはまるで医者が患者を診るような態度ではなく、もっと甘やかなものだった。
「さあ、ゆっくり息をして」
 彼はおれのマスクをはずして指示をする。今度はいかにも医者らしい物腰におれは混乱気味だ。
「そう……ゆっくり……何か話してみて……何か欲しいものは?」
 欲しいもの?
 欲しいもの、って何だ?
「水を飲むかい?」
 その口調は真面目な医者そのものだった。
 だが、おれには彼が何かもっと別なものに見えた。額に落ちた柔らかそうな茶色の髪も、滑らかなカーブを描く頬骨も、何もかもがうっすらと光を帯びて見えた。ほんの少し斜視気味の、聡い瞳すらも好ましい。
「飲み物をとってこよう」
 一人合点して立ち上がりかけた彼を、なんとか動く方の手で捕まえた。もっと彼にそばにいて欲しかった。
「--ぼく?」
 そう問いかける彼に、おれは首を振る。そのくせ、彼の手を離すことはしなかった。
「ぼくにこうしていて欲しいの?」
 彼はそっと手を握り返し、その口許に微笑みを浮かべる。だが、拒絶されていないことにほっとしたとたん、おれは言い訳を始めていた。
「おれは不格好でつまらない人間だから、本当はいやなんだろうけれど、人に哀れみをかけられるのは好きじゃないけれど、でも……」
 長いこと声を発していなかったはずなのに、卑怯な言葉はすらすらと口をついて出た。
 おれは「哀れまれたくない」と言いながらも、なお、彼の手を握りしめていた。
 白衣の男は、目をすがめ、皮肉な形に唇を歪ませた。
「自己憐憫は気持ちがいいだろう?」
 彼はまっすぐにおれを見つめて断罪した。
 美しい顔は微笑んでいたが、その厳しさにおれは震えた。
 彼の声は柔らかく、しかし恐ろしい言葉を紡ぐ。
「きみは愛されたいけれど、愛するのを拒んでいる。きみを縛っているのは、きみ自身だ」
 そんなことはない、色んなものが……と、抗議しかけて、ふと気付くと、たくさんまとわりついていた針や管や線がすべてなくなっているのに気が付いた。
「おれは……」
 せっかく枷から自由になったというのに、おれはただ口を動かすしかできない。
「残念ながら、ぼくにはきみを救えない。きみを救えるのはきみだけだ」
 彼は冷たくそう言って、椅子から立ち上がった。
 いつの間にか白衣の背中から大きな白い羽根が生えている。
「ぼくを呼び止めもしないんだな……」
 そう言って横を向いた顔は、厳しかったが少しさびしげに見えて、おれの胸は心臓の疾患ではなく、感情の問題でずきんと痛んだ。もちろん呼び止めたい。いや、それだけじゃ足りない、彼にとりすがって「ずっとおれと居てくれ」と言わなくちゃならない。
 だが……だが……どうしても、彼の名前が思い出せない。知っているはずなのに、思い出せない。
 病室の窓から斜めに光が差し込み、天使は翼を広げた。
 彼が行ってしまう。
 まさに彼が飛び去ろうとする最後の瞬間、おれは叫んだ。
「--ウィルソン」



ハウスは叫びながら目をあけた。
 全身に厭な汗をかき、苦しい息に胸を上下させている。
 彼は一人、自分のアパートのベッドの上にいた。
 悪夢から目覚めても、心は少しも安らがなかった。

ウィルソンは天使として彼の元に訪れた。
 それは比喩ではなく、現実かもしれなかった。
 しかし、差し出された愛は罰のように恐ろしく、手を伸ばす勇気は出なかった。

彼が自分を気にかけていることをいいことに、これまで酷いことをしてきた。彼を困らせ、試し、裏切った。
 いや、違う。ハウスは人に愛されていると信じるのを怖れていた。
 ウィルソンが他人に自分を最後のひとかけらまで差し出してみせないと安心できないように、ハウスも自分が見捨てられていると確認しないと安心できなかった。

だが……せめて夢の中でだけでも、彼に謝ればよかった。

ハウスは自分が涙を流しているのに気が付いた。


 
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