傷ついた男

May 25, 2008 02:47



Title : 傷ついた男
Football (Ferdinand / Vida)
Disclaimer: Lies

"it seems like in the 2nd half, the only thing seperating chelsea and a 2nd goal is nemanja vidic" byThe ESPN presenter
「後半、チェルシーと二点目の間に立ちはだかる存在はただ一つ、ネマニャ・ヴィディッチだけのようです」(ESPNの司会者の発言)

おまえほどクレイジーなやつは見たことがない。
 ボールが飛んで来ると、どこにだって見境なく頭を突っ込む。
 どうやら時々、自分が人間だということを忘れるみたいだな。
 ボールがラインを割り、ゴールキックになったと見るや白い歯を血に染めて笑う。
 そんなわけで、おれたちはネマニャ・ヴィディッチのことを痛み知らずのターミネーターだと思い込んだ。

おまえが蹴っ飛ばしたブルース・リーが真っ二つに割れて、その結果がジェット・リーとジャッキー・チェンだというのは、アンデルソンの説。
「ヴィダの涙の一粒で、ガンが治るらしいぜ。残念ながら、彼は絶対に泣かないけど」
 ウェズ、お前にしちゃ傑作のジョークだ。
 セルビア時代に、すでに何人か葬ってきたという噂も。

おまえが生身の人間だと気づいたのは、シーズン終盤で迎えたチェルシーとの直接対決の後だった。
 前半7分でドログバの膝蹴りを顔面にくらい、さすがのターミネーターも大量に出血し無念のリタイア。
 結果、おれたちは試合に負け、二位につけていたライバルを突き放すどころか、甦らせちまった。 
「この敗戦は、痛い」
 怒りと失望の中でおまえが口にした一言。
「今夜優勝を決めてやるはずだったのに。信じて貰えないかもしれないが、顔よりハートが痛い」
 おれは、ジョークを言う気にもなれなかった。

ビッグ・イヤーを賭けた戦い。
 準決勝で甦ったディディエ・ドログバを、世界中が目撃した。
 あの時すでに、おまえは腹を決めていたんだろう。
「ドログバが鍵だ」
 そう言ったおれを、モスクワに降る雨みたいに冷たく澄んだ眼で、おまえはふしぎそうに見つめ返した。
「今夜、彼はノー・チャンスだ」
 そこには、確信しているような響きがあった。
「おれがとめるから」

ディディエ・ドログバのマインド・ゲーム杯。
 準決勝でラファエル・ベニテスはやつの二点に沈んだ。
 だが決勝は、ネマニャ・ヴィディッチの完封勝ち。大会の主役を退場に追いやるおまけつき。
「くそったれ、おまえが優勝だ!」
 二人並んでビッグ・イヤーを掲げ、おれは叫んだ。
 なあ、頭に乗っけたロシアの軍帽が、気味が悪いほど似合ってたぜ。
「おまえがマン・オブ・ザ・マッチだ、おれに言わせりゃな!」
「当たり前だろ」
 おまえは無邪気に笑っていた。
「なんたっておれは、ブルース・リーを真っ二つにした男だからな」

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