- Title: リヴァイアサン
- Language: Japanese
- Rating: R18 (slash)
- Pairing: Randou Yaguchi / Hideki Akasaka (Shin-Godzilla)
- a disclaimer: It's only slash. すべて妄想の産物
- Summary: ヤシオリ作戦前夜のお話
リヴァイアサン
およそ神を見たなどという妄言は、異質の他者に対して比較的寛容な心性を持つ矢口蘭堂ですら、自らの受けてきた教育と常識に照らして眉に唾をつけざるを得ない種類のものであった。しかしその巨大不明生物、ゴジラと自ら名付けたそれを肉眼で目の当たりにした瞬間から、矢口の魂はそれに囚われてしまったのだ。
国民を守れぬ政治家に価値などないと信じる矢口にとって、その生活と生命とを踏みつぶし焼き尽くすゴジラは敵に間違いない。その敵に心ならずも神を見るという葛藤が矢口を苛んだ。
神を殺せなどとのたまうニーチェの哲学は、およそ生身の人間の実体験に向くものではない。
矢口の精神は本人も近い周囲も気づかぬうちに蝕まれていた。ただこなしてもこなしても尽きることのない実務が彼を正気のように見せていたのだ。本当にぎりぎりまでかかった準備がようやく終わるころ、里見臨時総理から作戦実行の許可が伝えられた。準備がすべて徒労に終わるという懸念は去り、次は作戦の成否とそれが強いる犠牲が矢口の心を占める。しかしもう、どれだけ考えても悩んでももう明日まですることはない。
疲労と充実感で満ちた巨災対のメンバーの顔を一人ひとり見渡して、矢口は完璧に自信家な政治家の顔で最後の声をかける。
「ご苦労様でした。明日は、よろしく頼む」
同じ文官でありながらともに前線に立つ安田とは特に長い視線を交わした。
後ろに残してゆく者たちには余計な心配をかけたくないためにつとめて平静を保つようにした。
「仮眠室が用意してありますのでせめてゆっくりお休みください」
すぐ近くまで来た志村が控えめな声で告げる声に、ありがとう、と返す。
部屋に残る者たちに背を向け、後ろ手に扉を閉めた。
突然に矢口の精神をコントロールする箍が外れた。
慣れてきたはずの、立川の施設の無機質な廊下の壁と天井が迫ってくるような幻覚を見た。そして窓の向こう側に「あの光」を。
一瞬よろけた矢口は幻覚に抗うように昂然と顔を上げて歩いたが、その足取りは危うく、矢口自身どこに向かっているのかの意識すらなかった。
赤坂秀樹は横田基地から自衛隊機で立川の臨時内閣本部に帰着し、みずからに宛がわれた執務室に戻った。そういえば一日中日本語を喋っていない。横田の米軍の指揮官たちと必死の交渉にあたり、協力に感謝しながら劣勢のなか必死で防衛線を張った。仮住まいとはいえ自室に戻った安堵感で急に疲れを感じて、戦闘機のエグゾーストや飛行場の埃によごれた背広を脱いで椅子に沈みこんだ。里見臨時総理に報告に行く前に、ほんの少し休息をとろう。そう思って身体の力を抜いた瞬間に、目の前のドアが突然にノックもなく開いた。
とっさに身構えた赤坂の前に現れたのは、見慣れた長身の男の姿だった。
矢口蘭堂。
しかし纏う空気はいつもの彼のものではなかった。
同志であり論敵であり後輩であり、密かに身体を重ねる関係でもある、矢口の異変を肌で感じて赤坂は慄いた。
人ならざる異様な光をたたえた目が赤坂にロックされる。
赤坂は矢口があの巨大な生物に感じている宗教的な感覚を持つことはないし、そこに共感するつもりは全くなかった。
しかし赤坂は覚悟を決めた。
「矢口、ドアを閉めろ」
静かに告げると赤坂は溜息をついて立ち上がると、きっちりと締められたロイヤルブルーのネクタイに指をかけて緩め、くつろげた襟元のワイシャツのボタンも自ら外していった。何年も何度も重ねられた二人の逢瀬で、そのように口火を切ることなどなかったというのに。
矢口は指示に従ってドアを閉め、赤坂との間合いを詰める。
焦点の定まらないぎらぎらした目のまま、しかし確実に口元に笑みを浮かべて矢口は赤坂をその執務机に押し倒した。書類やファイルがいくつも床に落ちていった。赤坂が明日を成り立たせるために積み上げた努力の数々が。
荒い息を首筋に受けながら、赤坂はこのまま矢口に喉を咬みきられて食いつくされるような錯覚を覚えた。
もしかしたらそれをどこかで望んでいたのかもとしれないと思いながら目を閉じた赤坂は、噛みつくように肌を吸われて肌が熱くなるのを感じた。
荒々しくワイシャツが剥ぎ取られて床に落とされ、それでも的確な指先が胸の突起をとらえて赤坂の反応を窺う。そのままべろりと舐められ至近距離から血走った目で見上げられ、赤坂は思わず視線をそらした。
「赤坂さん、僕を見て」
一度身体を起こした矢口は、自分のスラックスのベルトを外して床に落ちるに任せ、大きな手で赤坂の頭を掴んで引き寄せた。もちろん意味するところは赤坂にもわかる。
いつも矢口は「赤坂さんが蕩けるところが見たいんです」などと言って自分から口淫をするのを好むので、このように求められることも珍しかった。
赤坂の心を占めるのは、矢口がこのまま戻らなくなるのではないかという非合理的な恐怖だった。明日の作戦が命の危険を伴うからということとも違うし、彼の政治生命のことでももちろんない。強大な力に矢口を連れ去られることへの恐怖。例の巨大不明生物を神格化することを拒む赤坂でも、矢口を通してそれを感じることができた。
矢口を現世に、地上の論理の届く世界に引き留めておいてやろうという思いが赤坂を動かす。それは嫉妬に近い感情だったかもしれない。
赤坂の目の前の矢口のものは、矢口の精神すらも御しかねる興奮と無意識下での赤坂への依存ですでに痛いほどに張り詰めていた。赤坂は唾液をためた口腔に一気に矢口自身を含み音を立てて吸い上げた。矢口は真っ白な喉を反らせて息をのむ。赤坂の舌と粘膜と指が絶妙な緩急で矢口を恍惚とさせた。
溢れる先走りを舌先で絡めとりながら、赤坂は一度口から離す。
「出していいぞ」
そう言ってもう一度くわえこもうとする赤坂を矢口は遮って制止した。
「嫌です、赤坂さんを抱きたいです」
矢口は赤坂をもう一度執務机の上に座らせた。
脚が抱え上げられて宙に浮くと、覚悟をしていたはずの赤坂もその頼りなさに恐怖を覚えた。
両脚の間に身体を割り込ませてくる矢口の目に晒される最奥部はもちろん慣らされてもいない。
一気に貫かれて、痛いなどとは意地でも言わなかった、むしろその痛みこそがせめても矢口と分けあえるものだという思いにとらわれて、赤坂はその痛みに酔いしれた。繋がった部分が軋んでひどく熱い。堪えきれず矢口の背中にたてた爪が掻いた傷が、矢口をこの世界につなぎとめておいてくれたらよいのだと赤坂は思う。
いつも行為の最中でも憎たらしくなるほど多弁な矢口が、一言もしゃべらずに赤坂の身体を貪る。
その瞬間、とうとう矢口の瞳が赤坂をとらえた。
とっさに赤坂は焼き尽くされる、と思った。
ぞくぞくするような快感が痛みの間を縫って赤坂の背筋を駆け上がり、触れられも慣らされもしないまま達した。仕事半ばの執務机に押し付けられて。
震える赤坂を壊れるほどきつく抱いたまま、矢口は赤坂の中に吐精した。
身体の熱が退き、ずるりと自身を引き抜いた矢口は、身も心も虚脱して赤坂の前に膝をついてくずおれた。
疲れ切って床にへたり込んだ、重い身体に理性が少しずつ戻ってくる。
恐る恐る見上げれば、痛みと快楽に蹂躙されてなお矢口を気遣わし気に見る赤坂の瞳と視線が合った。
赤坂は、矢口の目に次第に理性の光が戻るのを見て弱々しく微笑んだ。
ふらりと立ち上がった赤坂の内腿を、矢口が体内に放った精液と無理な行為に傷ついた血がつたい落ちた。
「赤坂さん、ごめんなさい・・・血が」
矢口は理性を失った自分がしたことにひどく動揺して色を失った。
「構わないさ」
赤坂の憔悴して脂汗の滲んだ顔に、優しさと覚悟を見て矢口は泣きそうになった。
「作戦の手順は万端なのか?」
赤坂は矢口の動揺を見て見ぬふりをして問いかけながら、何事でもないように椅子に掛けられた背広からハンカチを取り出して身体を拭い、下着とスラックスを穿いてワイシャツを羽織った。矢口を受け止めた箇所はおそろしく痛んだけれど顔に出しはしない。
「はい…凝固剤と抑制剤の搬入量と手配は森課長から報告を受けましたし、袖原くんたちと現場の指揮官たちとの連携も確認しました。現場での計算とシミュレーションは安田くんがやってくれます。米軍の指揮官ともパターソン特使の計らいで直接会って話すことができました」
冷静さを取り戻した矢口は錯乱と行為の余韻にだるそうにソファに身体を凭せ掛けながらも、彼らしい整然とした声音で問わず語りに作戦の段取りを語った。
「財前幕僚長とはすぐに連絡が取れるようになっているか?」
「はい」
「現場の判断はどんなに難しくてもお前がするんだろう、でも忘れるなよ、独りじゃない」
「分かってます」
こいつは分かってないな、全部独りで背負う気だ、赤坂はそう思ったが口には出さなかった。独りではないことは、自分でいつか気づく日がくるかもしれない。
「帰って来いよ、蘭堂」
赤坂はいつにも増してボサボサになった矢口の髪に指を通して梳いた。
「はい」
そこには何の確実性もなく、矢口は平静を取り戻してもなお自分が本当にそれを望んでいるのかわからなかったし、恐怖すらもまだ実体として感じることはできなかった。しかし赤坂の顔を見れば言葉を聞けば、明日の朝もその先も確実に人間の属する社会が、日本という国家が存在することを思い出すのだった。
赤坂はただ、憑き物が落ちたような矢口の涼やかな美しい顔に未来を託した。
「眠れそうか」
「わかりません」
ここで寝ていかないか、と思わず口に出しそうになって赤坂は苦い思いで自制した。
明日の朝矢口を送り出す立場になることを思えばすでに身が竦んだ、それを矢口に知られることは絶対にできなかった。
「できるだけ眠るようにしろよ」
「ありがとうございます」
矢口にも赤坂の想いが伝わったのか、矢口はそれだけ告げるとまるで書類でも届けに来た帰りのようにさりげなく部屋を出て行った。
残された赤坂はひとり溜息をついた。これが俺たちのあり方なのだと。
机の周りに散乱した書類を拾い集めて整え、時計を見る。里見臨時総理はまだ在室だろう。
今日の報告をしてフランス大使との折衝についていくつか詰めておかなくてはならない。
おわり
例の立川屋上での会話から練馬で再会するまでの間、矢口と赤坂はそれぞれなすべきことをなしてふたりきりでは会ってないんじゃないかな、と思っていたのですが、あるアメリカのオタク男子たちのレビューで「赤坂は矢口を一つ身たらしめている存在」というのを読んで、これはいい!と思って書いたのがこれです。140字でネタにしていたものをSSにふくらませたのですが、なんかしゃべらない矢口あんまり面白くないですねすみません。