僕より二日だけ弟なきみは

Oct 04, 2014 00:16

- Title: 僕より二日だけ弟なきみは
- Language: Japanese
- Rating: Pre-slash
- Pairing: KS&TT (the alfee)
- a disclaimer: Of course, it's all fiction.
- Summary: When they were young, 1974・・・



朝から降り続けの雨が濡らす人形町、坂崎はギターケースが濡れるのを気にしながら大学からの帰路についていた。そう遠くもない下宿のアパートへの道すがら、地下鉄の階段の降り口に、坂崎は見慣れた後ろ姿を見つけて立ち止まった。ほぼ坂崎の下宿に入り浸って居候している、同じ大学の友人にしてバンド仲間の高見沢。普段なら気安く声をかけて傘に入れてやり一緒に帰るところなのだが。
今夜は坂崎の目にも様子が違うことがすぐにわかる。
かろうじて雨の当たらない地下鉄の階段の降り口に座り込み、長身の背中を丸めてうつむいている後ろ姿。落ち込んでいることは一目瞭然だ。もしかすると泣いているのかもしれない。
坂崎は少し離れた街路樹の傍らに佇み、友の様子を観察した。
すぐに坂崎の頭に浮かんだのは、バンドの練習や麻雀や酒の合間に、口の堅い高見沢がその片鱗だけを漏らすことのある女性の存在だった。ともに生活して何の緊張もないほどに気の合う友達同士だったが、高見沢にはどこか踏み込めない硬派な、というか形而上学的なところがあり、ことに恋愛に関しては打ち解けた友にも気安く立ち入った話を聞き出せない敷居を持っていた。人情の機微にさとい坂崎はそれを察していたので自分からそれ以上尋ねることはしなかったし、高見沢の生硬な気高さを好ましく思ってすらいた。なので詳しいことは知らないが、その時の高見沢の心を占める女性の存在は折に触れて感じていたのだ。
十九歳の男子の身空、悩むこと躓くことの数は尽きないけれど、坂崎が友の背中に感じたのはやはり失恋の二文字であった。
そうか振られたのか。
坂崎はそこで数分間逡巡する。声を掛けるべきか掛けざるべきか。逡巡も真剣であった。
結局坂崎は声を掛けないほうを選び、そっと雨の街へ歩を進めた。
ぽっかりと開いたような地下鉄の出入り口の明かりの横を、気遣わしげに通り過ぎて。

帰る前に近所の中華屋でラーメンを食べて帰ろうと思っていたのもやめて、帰り着いた下宿で缶詰めを肴にビールを飲む。数分間おきに高見沢まだかな、と頭をよぎるのがいやになって、ビールもやめて結局ギターを手に取った。最近ずっと一緒に弾いたり歌ったりしていたので、これまた不在が響くのだが、それでも集中しているぶんずっと良かった。失恋くらい俺もする、俺は失恋しても雨の街角で泣いたりはしない。何食わぬ顔してこの部屋に戻ってきて、同じようにギターを弾いて紛らわす。失恋の歌などは弾かず、天下国家を憂えたり男一匹自分探しをするような歌を弾いて歌う。何食わぬ顔していつものように生きているうちに大概平気になる。
まだ高見沢は帰ってこない。
坂崎はとうとうギターをわきに置いて立ち上がり、なんだかなあ、とか独り言を言いながら部屋の隅に置かれたレコードの棚に向かった。高見沢と中古レコード屋に通うようになってますますレコードが増え、とうとう棚からはみ出して畳の床に積まれている。パタパタと慣れた手つきでジャケットを繰り、何枚か取り出してためつすがめつ眺める。
深夜ラジオのDJ気取りで、失恋の友に贈るセットリストを組む。
1曲目はストーンズの「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」。
ラストはフォークルの「悲しくてやりきれない」。
間には適度に笑えるやつや高見沢好みのうるせえやつを挟んで完成。
それを聞かせる順にちゃぶ台の上に積み上げた。
ほとんどが10曲とか12曲入ったLPだったが、聴くべき曲はあいつならわかるはずなのだ。
それからレコードの山の横に、実家から持ってきたバーボンの飲みかけの瓶(中身は桜井が来るたびに減る)とコップを用意した。
風呂は明日高見沢がある程度シャキッとしてれば一緒に行けばいい。
坂崎は六畳一間の奥に敷きっぱなしの布団に潜り込んだ。一度すっかり寝る体制になってから、ごそごそと動いて布団の半分を空けて寝た。

それからしばらくして、ずぶ濡れの高見沢が帰ってきた。
惨めに濡れたジャケットとシャツとベルボトムのジーパンをため息とともに脱ぎ捨て、部屋の隅に積んである自分が持ち込んだ服のなかからましなものに着替える。
冴えない蛍光灯の明かりの下のちゃぶ台を見れば、レコードの山と酒。
高見沢は背を向けて眠る坂崎の方をちらりと見て、今日初めて少しだけ笑った。
どかりと座ってコップにバーボンを注いでストレートであおり、まだ飲みなれぬ強い酒が喉を焼く感覚に顔をしかめた。
ひと口またひと口と酒を身体に流し込む合間に、坂崎が選んだレコードにひとつずつ目を通す。
坂崎の選曲に間違いはない。
どの歌に歌われる失われた恋も、誰かの遠い物語であって、自分の物語である。
実際にレコードに針を落とすまでもなく、頭の中で再生できる曲ばかり、物によってはオリジナルよりも坂崎のギターと声で。目を閉じれば涸れかけた涙がまた目頭に集まってくる。
回ってきた酔いも手伝って、不意に身体が重くなるほどの疲れを感じた高見沢は、布団の方に這って行き、空いた布団の半分にそっともぐりこんだ。
固い布団にすら、身体が沈み込んでゆくようだった。酔った意識のなかで、失った恋が歌のなかの恋と混ざり合っていく。今夜は眠れるわけなんかないと思ったのに。坂崎にすら会いたくなかったのに。

高見沢が酔って深い寝息をたて始めた頃、坂崎は隣の友を起こさないように注意しながら体の向きを変えた。気を遣って寝たフリをしていた自分がなんだか可笑しかった。かといって眠ってしまうこともなくずっと彼の様子を気にしていた自分も可笑しかった。ふと見ると、美しい顔立ちに泣きはらした涙のあとがなんだかあどけなく見える。坂崎は優しく高見沢の頭を撫でてやり、そっと身を起して蛍光灯のスイッチがわりの紐を引き、今度こそ本当に眠りについた。

終わり
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