- Title: City of Blinding Lights
- Language: Japanese
- Rating: NC-17 (as a sequel)
- Pairing: Kaka/Shevchenko
- a disclaimer: Of course, it's all fiction.
- Summary: Kaka and Sheva reunion at 5 stars hotel in London. An attempt for "rich and decadent" taste.
リカルドがヨーロッパ中の都市を飛び回るようになってから4年が経とうとしている。
ロンドンは、彼の住むミラノより大きい数少ない街だった。
彼はアリタリア機の丸みを帯びた四角い窓から、着陸しようとしている大都市の灯りを見下ろした。
リカルドがロンドンに向かっているのはナショナルチームの親善試合に召集されているからなのだが、それだけではなかった。
人に会いに行くのだ。
リカルドは腰を少しずらしてポケットから携帯電話を取り出し、ボタンをいくつか押して、ミラノで受信したSMSを呼び出した。
着陸態勢で室内灯の落ちた暗がりのなかに液晶画面の光が浮かび上がる。
“The Dorchester, #705 Sheva”
送り手の署名以外にメッセージにあるのは、ロンドンの最高級ホテルの名前とルームナンバーだけだった。ロビーやバーでの待ち合わせではなく。
リカルドは奇妙にそわそわした。それが喚起するセクシャルな妄想と、時間に追われるような焦燥感で喉が詰まるような感じがした。
リカルドが携帯電話の画面から目を離すと、窓にはすでに滑走路の誘導灯の列が見えていた。
ミラノを発つ時の、どこか逃げ出すような後ろめたさが少し和らいだような気がした。
ミランがコッパ・イタリアで敗退したあと、イタリアではウルトラスの暴動騒ぎで全試合が無期限中止になり、試合があったはずの今日、日曜日のトレーニングはなんともテンションのあがらないものだったのだ。
スーツケースをピックアップして到着ゲートを出て、タクシー乗り場を探していると、お仕着せを着た運転手らしい男がリカルドに話しかけてきた。
「失礼ですが、ミスター・リカルド・イゼクソンでいらっしゃいますか」
フットボール・プレーヤーとしての彼の通り名、“カカ”ではなく本名を呼ばれることは本当に稀だったから、彼は驚いて立ち止まった。
「そうですが」
「ミスター・アンドリイ・シェフチェンコからお迎えに上がるように申しつかっております」
外国人であるリカルドへの配慮からかゆっくりとした英語で言い、運転手はリカルドのスーツケースをさっと預かって歩き出した。
リカルドは運転手が口にした「アンドリイ・シェフチェンコ」という名前だけで少しどぎまぎした。イタリアで聞きなれたものとは発音の仕方が違うこともまた、さらにその名を意識させる。
空港のビルを出ると、リカルドはリムジンに案内された。
運転手は流れるような動作でトランクにスーツケースを収めてから、ロールスロイス・ファントムの漆黒のドアを開けてリカルドを乗せた。
人並みより健康な身体を持つ二十代の男が受けるべき待遇ではないなあ、と少しむずがゆく思いながら、リカルドは革のシートに身を沈めた。
「おくつろぎください」
運転手は丁重に言って車を出した。
ヒースローからロンドン中心部に向かう40分あまりの道中、リカルドは自宅を出るときにスーツに着替えることに気づいてよかったと思った。
代表チームの召集なら、いつもは普段着にダッフルバックだが、メールにあったホテルの名前がそれを許さないのは確実だ。
ワンブロックごとに賑やかさを増してゆくロンドンの町並みを車窓から眺めながら、リカルドは彼がミラノに移ったばかりのころのことを思い出していた。
初めてアンドリイに食事に誘われた夜、トレーニング帰りのまま襟の伸びたTシャツと擦り切れたデニムで現れたリカルドを見たアンドリイは、容赦なく「きみの格好にあった店に行くぞ」と言ってリカルドをパニーニのスタンドに連れて行ったものだった。
ドレスシャツの袖を捲り上げて屋台のパニーニを齧るアンドリイに、リカルドは大層肩身の狭い思いをしたものだったが、後からアンドリイは、自分も「西側の大都会」に慣れるまで随分と苦労した話をしてくれた。
リムジンがホテルの車寄せに吸い込まれて停まり、思い出に浸っていたリカルドは現実に戻された。
お仕着せのコートを着たドアマンが恭しくドアを開けた。
リカルドは運転手にチップを渡そうとして財布を取り出してから、空港で両替すら忘れたことに気づいた。
「すまない、ポンドの持ち合わせがなくて・・・ユーロで構わなければ・・・」
決まり悪げにぼそぼそと呟いたリカルドに、運転手はそつなく答えた。
「お気持ちだけでけっこうです、旦那様。お困りでしたら、両替はフロントにお申し付けくださいませ」
「本当にすまない、ありがとう」
車を降りたリカルドは、ロンドンの冷たく湿った夜気を吸い込んだ。そこは、ハイド・パークに隣接する一等地だったが、すでに夜も遅くて周りの様子まではわからなかった。
リカルドのスーツケースを持ったドアマンは「ポーターをお呼びしましょうか」と言ったが彼は断った。
またチップのことを謝るのは御免だったし、何よりも、部屋で待っているアンドリイと数ヶ月ぶりに顔を合わせるときに、そこに他人がいるのなんていやだったからだ。
リカルドはドアマンからスーツケースを受け取り、回転式のドアをくぐってエレベーターを目指して歩き出した。
アイヴォリーと黒の大理石張りのフロアから温かみのある照明、上質なクロスのソファ・・・ひとめ見て最高級のホテルであることがリカルドにもわかる。
それにも増して、奇をてらわないクラシックな雰囲気がアンドリイの好みだった。
リカルドは、今日の僕は何かおかしい、と思う。ホテルの内装なんかに目が行くなんて。
エレベーターが7階に着くまでに、リカルドは携帯電話のSMSをもう一度見直した。
部屋番号なんてもちろん暗記していたのに、それが現実であることを確かめるために、そして待ち遠しさを紛らわす為に。
客室階の静かな廊下を案内のプレートに従って進む。客室のドアとドアとの間がおそろしく長い。どの部屋もスイートかジュニア・スイートなのだろう。
#705。”Don’t disturb”の札。
リカルドは深呼吸してからブザーを鳴らした。