成長とは燃え上がる火を消さずに最後まで燃やし、
そしてそこに残った火傷を受け入れること。
原作:
requiem for in nocence by drawingintheair
Pairing:: ドンヘ/ヒョクチェ
Rating: nc-17
翻訳: ミイナかどきち
requiem for innocence (2)
デビューの日は瞬く間にやってきて、瞬く間に過ぎていった。
彼らの生活は基本的に以前とさほど変わりはなかったが、カメラが何処にでもくっついてきた。
そしてアイライナーやファンデーションの女の子達がところ構わず追いかけてきては彼らを見つめるようになった。
もう自由など何処にもなかった。
くちびるを合わせる場所も、肌と肌を重ねる場所も、ふたりだけの秘密を映す大きな壁の鏡を覆い隠すタバコの煙も、全てが消え失せてしまった。
事務所の大人達が言う。シャキッと座って。もっと笑って。もっと朗らかに微笑んで。楽しげに、生き生きと、おどけて、面白く。もっと精悍に。もっと自分らしく。それが出来ないなら…とにかく誰でもいいから自分の好きなアイドルみたいにしてみて?と。
「歌手とかメインダンサーになるってこういうことかよ。」
「お前はリードダンサー。メインダンサーは俺だろ、ドンヘ?」
「まあね、でもたいした違いないだろ。」
「小さな違いだけど、そこが重要なんだ。」
「でもさ、正直その違い、誰が分かるっていうの?」
「とにかく、」
イトゥクがふたりの会話に入ってきた。その頃には会話も食事も適度に行き渡り、食べるスピードも緩やかになってきていた。
イトゥクは頼りになるリーダーだ。厄介な揉め事も先回りして対処してくれるし、いつだって自分達を安全な方向に導いてくれる。
「まずはビジュアル第一の業界なんだ。CDだって中身よりまずジャケットが命だろ?誰も中身でなんか買ってくれないんだよ。」
話しは次第に本筋からそれ、メンバーたちはそれそれ舞台裏のゴシップに花を咲かせていた。
次第にノイズがドンヘの頭の中を覆い隠しはじめた。
脇腹が引きつったようにチクチクし始め、見るとテーブルの下でヒョクチェの足がつついている。
*
「まったくお前は…またここで寝てたのか!?」
ドンヘがヒョクチェのベッドの大半を占領しているのを見て、カンインが言った。
「だって!ヒチョルヒョンにまた追い出されたんだもの。」
ドンヘは頬を膨らませた。
「ヒチョルをあれほど喜ばせて同時にウンザリさせるやつはお前くらいだろうな。」
カンインはゼイゼイ笑いながら言ったが、急に表情を険しくした。
「今度またうるさい寝言を言いやがったら、お前の喉に靴下を詰め込んでやるからな!」
「俺じゃないって!ヒョクチェだってば!」
「ねえー、もういい加減静かにしてよ?」
布団からはみ出し、ベッドの端に追いやられたヒョクチェがボソボソと呻いた。
ヒョクチェはいつもセントラルヒーティングの頼りなさに文句を言い、凍えた両足をドンヘの脚と脚の間に滑り込ませる。その冷たさでドンヘはいつも真夜中に目を覚ます。
いつかきっと、思い知らせてやるんだ。
「ヒョクチェ…」
ドンヘが声を低くしてゴソゴソ近付いていくと、ヒョクチェは枕に顔を埋めながら呻いた。
「ああ、ドンヘ…そうだよ…誰も違いなんか分かるわけない……」
「そのことじゃなくて。」
「…なによ?」
ヒョクチェの声に含まれる苛立ちを感じ、ドンヘはふと微笑んだ。そして真顔で言った。
「夕飯の時、トゥギヒョンが言ってたことは確かに本当のことだと思うよ…。アイドルはアイドルらしく、俺たちはカッコ良くなきゃ。でも…ありのままの俺たちじゃあダメなのかな?」
ありのままの俺たち。
ベッドから離れられない腫れた目のドンへ。穏やかな外見と裏腹に、ナイフの先のように冴え冴えとしたヒョクチェの野心。卑猥な声で語られる下品なジョーク。パソコンのぼんやりとした明かりが照らし出す、引きつった笑い声と嬉々とする目。汗臭い服。
欲望。その緊張感から気絶してしまいそうな程の欲望。
どうしてもスターになりたいんだ。だから子ども時代はもう捨てて、大人になるよ。大人の意味も知らないけれど。
ああ、どうか。どうか俺をスターにして。この名が燃え尽きたって、この息が止まったって、歌って踊り続けるから…!
ヒョクチェは眠たい頭で何とか言葉をかき集めると、下唇を噛み、開かない瞼でドンヘを見た。
「多分さ、ただ単にカッコ良くしろっていうんじゃなくて…自分のなりたいカッコ良さを見つけろってことなんじゃないかな。」
ドンヘは少しもひるまずに言った。
「うん。でもさ、それでも俺は、今のままの自分でいたいよ。」
ヒョクチェの笑い声が、まるで乳歯の上を転がるキャンディーのようにカラコロと鳴った。
そして笑いながらドンヘから身を背けると、キキッとベッドが軋み、その背中がドンヘの胸を軽くかすめた。
心臓の鼓動を整え、ヒョクチェはささやいた。
「みんながみんな、そうは言わないだろうね。」
気づくと、鋼が真綿を突き刺すような感覚を覚え、ドンへの脇腹が痛みだした。
息が苦しい。
ドンヘはヒョクチェのウエストにしがみつき、上下するその胸に救いを求めた。
ヒョクチェが息をしているのなら、自分も出来るはずだ。息をしなければ。ヒョクチェが息を吐き、ドンへが息を吸う。
そうなんだ。これまでもずっとそうしてきたんだ。
「俺はいつだって、今のままのお前が好きだ。」
翌朝になって、ドンヘはヒョクチェにそう言えば良かったと思った。
しかし面白くもないジョークを聞いたときに誰よりも大きな声で笑うヒョクチェが、ふとした瞬間に見せる寂しい笑顔のように、その言葉を伝えるチャンスはまるで指と指の間からすり抜ける煙のように、儚く消えてしまった。
*
ありのままの俺たちは時々くちびるを触れ合わせる。
練習のように繰り返し、繰り返し、引き返してはまた最初から始めるように。
俺たちはここで始まって、ここで終わる。スーパージュニアというシェルターに守られながら、あらゆる場面で投げかけられる攻撃をかわしていく。
カメラが回る。
ありのままであろうとなかろうとドンヘに変わりはなく、その思いはいつでも彼自身を守ってくれた。
*
11月。ふたりは地下鉄で仁川空港に向かっていた。
深く被ったキャップで目を隠して眠っている彼らは、まるでティーンエイジャーにありがちな不良少年のようで、ファンの悲鳴や眩いばかりのフラッシュから逃れている芸能人にはおよそ見えなかった。
この晩秋の肌寒い空気が、しつこい追っかけの目を逸らしてくれているのだろうか。
ドンヘの父親の葬式は8月の暖かい日に執り行われた。しかしそれにも関わらず、まるで夜の凍てつく真夜中の空気よりも更に寒く、冬の死者のような日だった。
空港は閑散としていた。散在する乗客たちはレンタカー乗り場へよろめいて行く。到着便と出発便を示す青と赤のライト以外は真っ白い光に満ちている。
ともすれば凹んでしまいそうな胸を何とか前に膨らませ、ドンヘはスーツケースを膝に寄せてその数を確認した。
中国への乗り継ぎ便は遅れているし、ストックホルムからの便は8時間のフライトを終えるべく、じきに到着するようだ。
ヒョクチェはうな垂れて揺らめく表示板を見つめた。ふたりの間でタバコが行ったり来たりしている。
「選んで。」
「どこでもいいの?」
「うん。」
「東京?パリ…LA…いや、パリ。お前はどこがいい?」
「わからない。あのさ、飛行機がタイムマシーンだったらいいのにね?俺は多分、子どもの頃に戻りたいんだ。じゃなければ1年前でもいい。そんでそのまま帰りたくない。」
返す言葉が見つからなくて、ヒョクチェは肩を落とした。この数ヶ月、みんなドンヘをどう慰めたらいいのかわからなかった。
しかしドンヘはヒョクチェにだけは自分を腫れ物に触るような気持ちでいて欲しくなかった。絶対に。
「残念でたまらないよ。」
腹に喰らったパンチに耐えているように、ヒョクチェは言葉を絞り出した。彼のひとみはドンヘが感じているのと同じくらい虚しくくぼんでいる。剥き出しのヒョクチェの手は冷たく、ドンヘの拳にタバコの箱があるのを見つけると、取り出してドンヘの指と指の間にセットした。秋のソウルは凍えるように寒いが、ふたりが合わせた手のひらの中は、温かく和らいでいた。
「ヒョク…お前とどこか遠くに行けたらいいのにな。そしたら、この頭の中のノイズもなくなる気がするんだ。」
ソウルの街はあまりにも多くの人で溢れている。あまりにも多くの夢。あまりにも多くの傷ついた心。それらは癒されることなく彷徨っている。
ヒョクチェがもたれかかってきて初めてドンヘはヒョクチェが同じ気持ちでいることに気がついた。ふたりのキャップのツバが、いつものように互いの鼻にぶつかった。くちびるは凍えて、触れるにはあまりにも冷たかった。でもドンヘは欲しかった。愚かでばかげているかも知れないけれどそんなことはどうでも良かった。必要だった。今この瞬間、ヒョクチェが欲しかった。
すでに1ダースもの罪を犯しているのに、今ひとつ犯したとしても何だというのだ?
ただ、空港のトイレには誰もいなかったから。個室にはヒョクチェがひざまずくのに十分なスペースがあったから。ドンヘの孤独を追い払い、心の痛みを忘れさせるに十分な程、ヒョクチェの指がなめらかに淀みなく動いたから。緊張感や嫌悪感などなく、ヒョクチェがドンヘにその胸を開いたから。 タバコの煙のせいで重苦しくなったドンヘの肺が、その喘ぎ声の全てを喉の奥に閉じ込めることが出来たから。そしてドンヘのへこんだ胸にヒョクチェが暖かいキスを何個も落としていったから。
呼吸する度に濃密な空気が肺を満たし、ドンヘの胸を波打たせた。そしてヒョクチェの口から低く呻くハミングのようにこぼれ落ちたホワイトノイズが、ドンヘの頭の中で渦巻いていたノイズを全て消し去ってくれた。
からだ中が熱くヒリヒリする。
(つづく)