原罪よ、こんにちわ Ⅱ
「フィリアさん…?」
火の消えた暖炉、冷え切った部屋、綺麗におりたたまれたシーツ…
既に、フィリアの姿はなかった。
ゼロスは、それ以上何も言わなかった。
表情は人形の様だった。
そこには、感情も魂さえ、ともらない。
フィリアは、ヴァルのユメを見た。
遠くで、ヴァルが手招きする。
目覚めれば、広がる、赤黒い岩の群。
「ここがどこだかわかるか?お嬢さん?」
「…あの時の洞窟。ヴァ、ヴァルなの?」
ヴァルガーヴが背後に現れる。
「そうだ。一ヶ月ぶりだな。」
「ヴァル……」
フィリアの瞳は、次第に陰っていく。目の前にいるのは、愛しい息子の顔なはず…しかし
「ヴァルガーヴですね…記憶が戻ったのですね。」
「そういうことだ。」
その冷たい笑みは、フィリアが精一杯愛し、育ててきたヴァルとは似てもにつかない。まるで飼い慣らされることのない野獣の瞳。
「何度も、何度もあんたには、世話になるな。」
その憎しみを抑えた静かな声色は、フィリアを震え上がらせた。
「御免なさい…私…」
フィリアは、その場に伏せる。
「そうやって、母さんは、いつも綺麗事ばかり並べてっ…!」
フィリアは顔を上げる。
「ヴァル…?」
ヴァルガーヴは笑った。
「どっちだと思う?手塩にかけて育てた人間くずれの俺か?お前らの邪魔で無惨に葬り去られた出来損ないの俺か?どちらにしろ怖いだろう?」
フィリアはその笑い声に小刻みに震えはじめた。
「前の時は、あんたは悪くない。あんたは何も知らない娘だった。でも、今回は違う。俺を知った上で、俺を人間として育てた。無力な人間にな。そうすれば、あんたを殺したりしないからだ。」
「違うっ!!」
「何が違う?血塗られた歴史は繰り返す。俺はまたこの世界を…」
「ヴァルガーヴ!」
フィリアは、血相をかえた。そして、高くそびえ立つ岩に悠然とかまえるヴァルガーヴのもとへ向かう。
「私を恨むのはかまいません、でも、それと世界とは関係ないのです。」
ヴァルガーヴは、夢中で説得しようと手を握るフィリアを見おろす。
「あんたは何も変わっていない。あの時と同じ目だ…謝れば、何でも済む。のうのうと平和に生きてきた者特有の目…」
フィリアの瞳が潤む。
「では…私に何ができますか?」
震え声で、ヴァルガーヴに問う。
こぼれ落ちそうな青い大きな瞳でヴァルガーヴを懸命に捉えていた。
「…そうだな。来い。」
ヴァルガーヴは、ふいにフィリアを引き上げると、自分のもとに抱き寄せる。
フィリアは悲鳴を上げる間もなく、ヴァルガーヴの腕に落ちる。
「最後の古代竜と黄金竜が子孫繁栄のためとか、お前らの長老さんが考えそうなことだな。」
ヴァルガーヴは、いきなり、フィリアの桜色の唇を塞ぐ。
「んっ…」
フィリアはきつく抱き寄せられ、深く唇を奪われる。手足をばたつかせて、もがくも、敵うはずもない。
しかも、ヴァルガーヴは真剣だった。一言も口をきかず、異常な執着をもって唇を求める。頭を抱えるようにして自由をうばい、フィリアの舌を激しく絡め取り、唇を音をたてて吸う。まるで、待ち望んでいたかの様に情熱をもって執拗な愛撫がはじまる。フィリアは、その態度に、しばし抵抗を忘れた。自分の身体をこんなにも求める存在が理解できなかった。しかし、今まで、母として育ててきた子供に身体を蹂躙されているのだ。徐々に耐え難い苦痛が心を締め付ける。思考にあわせて激しい抵抗が再開する。
ふいに、ヴァルガーヴがフィリアの頬を殴った。
「何でもするんじゃなかったのか、お嬢さん?俺が抱きたいといっているんだ。安いものじゃないか?」
フィリアは地面に叩き付けられ、乱れた襟元を必死に引っ張り上げた。
「たかが、これだけのことができないのか?その程度の決心か?」
フィリアは首を振った。
「…じゃあ、証拠を見せてくれ。」
ヴァルガーヴは無表情で言うと、ズボンの合間から想像以上に大きなモノを出す。
放心した状態でフィリアは、ヴァルガーヴに近づく。
「わからないのか?」
「どうしたら、いいのですか?」
ヴァルガーヴは鼻で笑った。
「優しくしゃぶってくれればいいだけだ。簡単だろう。」
フィリアは泣きそうな顔で、そっと、手を動かした。フィリアの華奢な指が、粗野な固まりに触れる。ヴァルガーヴはそれだけで、少し反応し、顔を動かした。美しい薄紅の唇が、小さな音をたてて厳めしいヴァルガーヴに吸いついた。ピンク色の小さな舌がゆっくりと肉棒の表面を滑りはじめる。
「うっ…。」
ヴァルガーヴは顔を幾分赤らめた。フィリアの横顔は聖母の様に美しく、おおよそこんな場面には似つかわしくなかった。それでも、小鳥の様な舌は忙しく上下し、付け根まで伸びる。くすぐるように快感を誘う。ヴァルガーヴの息がどんどん荒くなっていく。フィリアにテクニックなど全くないが、こんなにも清楚で美しい女が自分のモノを一心不乱にしゃぶりついているという事実は、ヴァルガーヴをはげしく興奮させた。
「お嬢さん……いい…もっと激しく、噛んでもいい…。」
ヴァルは幾分苦しそうに漏らす。そして、じれったいフィリアにしびれをきたしたように、口内に乱暴に肉棒を押し込んだ。あとは、フィリアの素直な金髪を手でかき乱しながら、勝手に動かす。
「…うっ…ううう…」
天を仰ぎ出ぎヴァルガーヴが呻くと、フィリアの口一杯に生々しい鉄の様な味が広がる。
ぬるぬるとした物体を引き抜くとヴァルガーヴは息苦しそうに、しかし満足げにフィリアを見おろす。フィリアはただ、うつむき地面にしゃがんでいる。ヴァルガーヴは、王座のように厳つい岩の椅子に、身を投げると、フィリアに手招きする。フィリアは、無表情にヴァルガーヴのもとに動く。ヴァルガーヴはフィリアの身体が手に届く範囲に来ると、がっつくように抱き寄せ膝に載せる。そして、やさしく金髪を撫で、光り輝く髪をすいていく。次第に露わになる白い首筋を愛おしそうに見つめるとかぶりつく。
「あうっ…」
フィリアは痛みにのけぞった。ヴァルガーヴは柔らかな肌をきつく吸い、みだらな跡をつけていく。
「お嬢さん、なんて綺麗な肌をしているんだ…」
ヴァルガーヴは思わず漏らしていた。ヴァルガーヴの生暖かい舌はまるでひるのようだった。張り付いては、フィリアの肌を鬱血させる。そして、フィリアの襟を広げ、豊満な谷間に顔をあてる。暖かい吐息がフィリアの乳房を濡らす。しかし、束の間、ヴァルガーヴは我慢できないというように、大きな膨らみをつかみ、感触を確かめる。フィリアの微かな悲鳴もヴァルガーヴは聞いていない。ただ、その暖かみを手で楽しむ。くにゅくにゅと両乳房をこねながら興奮しているようだった。フィリアはヴァルを胸に入れたまま、上に広がる岩の形を見ている他なかった。ここには、ゼロスと来たことがありましたよね……霞む意識の中でフィリアは考えた。が、ヴァルガーヴがフィリアの乳房の先端にあるピンク色の柔らかい部分を指で撫ではじめた。まるで、小さな花の蕾の様に、大事に愛撫する。その様子に気が付いたフィリアは顔を真っ赤にする。
「なんて…柔らかいんだろうな。」
ヴァルガーヴはそういうと、乳首をそっと舐める。
「ああっ…」
フィリアは思わず、身をよじった。ヴァルガーヴは、猫が毛繕いをする時のように、フィリアの乳首を丹念に舐め、たたせる。
「やっと、固くなった。」
ヴァルガーヴは乳房を摘みながら、とろんとした目で告げた。幾分息のあがったフィリアは、ヴァルガーヴの態度に唖然としていた。もっと暴力的に犯されると思っていたのに。しかし、暴力的に犯された方が何倍も良かった。ヴァルガーヴが股の間に顔をいれ、ぺちょぺちょとアソコを舐めはじめたとき、フィリアは気が狂いそうだった。一ヶ月前まで、彼は自分の息子だったのだ。
「濡れにくい…。」
ヴァルガーヴは、手でフィリアの股間をいじりながらぼやく。そして、再び、顔をいれ、今度は犬のように激しく舐めはじめる。
「ああっ…ひあゃ…っ!」
さすがに、フィリアは喘いだ。が、ヴァルガーヴはその声にフィリアの何倍も興奮したらしく、フィリアを椅子におしつけると、覆い被さる。足を肘かけに思いっきり広げかけ、いきなりねじ込んでくる。
「ああっ!!」
フィリアは悲鳴をあげて、受け入れた。ヴァルガーヴは奥まで進もうと必死になっていたが巧くいかない。気短にフィリアを持ち上げたかと思うと、地面に転がし体位を変える。結果、正常位に落ち着き、激しく腰を動かす。
「…あっ…」
フィリアは奥まで侵入され、顔を歪め、感じ始める。が、ヴァルガーヴはその表情に気付いていない。快楽に飲まれ、器のフィリアを見ていない。フィリアはどこかで冷静にその背中を見つめていた。
エメラルドグリーンの髪…
フィリアは目をとじた。彼が望むなら、もし私の身体なんかを求めているなら、いくら捧げてかまわない。フィリアは決心したように、積極的にヴァルを絞り、背中を手をまわした。
ヴァルガーヴは若いらしく早濡だったが、その分、回復も早かった。すでに3回目、石座に捕まらせられ、後ろから腰をぶつけられていた。フィリアは、髪をみだしながら喘ぐ。
いくら捧げてかまわない-
しかし、激しい振動と快感の中、フィリアの瞳から大粒の涙が溢れ落ちていた。いつのまにか、心の薄闇に隠された感情がヴェールを脱ぐ。霧が晴れる様に、次第にはっきりする自分の声にフィリアは気付いてしまった。快感が身体をうずかせるたび呼んでしまう名前にフィリアは気付いしまった。
ゼロ……ス
こんな乱れた姿は、彼にしか見せられない、彼にしかさらしたくない。感じるのは同じ快楽でも、彼としか共有したくない。こんな時は彼の名前しか呼びたくない。
たった一晩だったのに、どうして…?
それから一ヶ月、フィリアはヴァルガーヴのおもちゃにされた。朝な夕な求められ殆ど裸で過ごした。しかし、ちょうど一ヶ月目の朝、裸でベッドに横たわるフィリアを抱き上げだのは、ヴァルガーヴではなかった。
今、フィリアは清楚な白いドレスを着て、髪を整え、風通しの良い部屋にいた。ゼロスがヴァルガーヴの隙をついて連れ出したのだ。おそらく、獣王の命がくだったのだろう。
「紅茶の用意ができましたよ。」
ノックに続いて、ゼロスが部屋に入ってくる。
フィリアはベッドから身を起こし、ゼロスを見上げる。
「ありがとう。」
「勝手に逃げたしたりするから、あんな目に遭うんです。本当に要領が悪いですね。」
ゼロスは、テーブルにトレーを置きながら呑気に言った。
あんな目って、どこまで知っているんです?
しばしの沈黙の後、フィリアは言った。
「…たまには、優しくしてくれてもいいんじゃないんですか?」
ゼロスは嗤う。
「フィリアさんは、底なしの甘ちゃんですね。ヴァルガーヴさんに断罪するために、命だってあげてかまわないほどなんでしょう?そのわりに、ちょっと落ち込んだからって、魔族の僕に慰めてもらいたいんですか?しかも、優しくしてとは恐れ入ります。」
「そうかもしれませんけれど、たまには、いいじゃないですか?私だって神族だからっていつも優しいわけじゃないです。」
「趣向を変えてですか…例えばどんな風にですか?」
フィリアは微笑する。とてつもなく淋しい表情だった。
「そのくらい、考えてください。」
「例えば…。」
ゼロスは指を立てたかと思うと、フィリアをそっと抱きすくめた。
「こんな感じですか…?」
耳元で囁かれる、穏やかな声。
「……そんな感じです。」
フィリアは目を閉じ、ゼロスに身を預けた。
暖かい部屋、清潔な服、優しい暖かみ。
このまま…死んでしまいたい
フィリアは魔族の腕の中で幸せな滅びを願っていた。それに気づいているのか気づいていないのか。いつのまにか顔がうごき、微かにふれあう唇。重なり合っているのに、熱が伝わらないほどの静かなキス。振動すら感じさせないほど、そっとベッドに押し倒される。肌を這う唇は冷たく、頬を胸元をかすかに滑るだけ。服の隙間から忍ぶゼロスの指使いに、フィリアは震えた。でも、抵抗する気は起きない。ただながされていく…。気が付けば、スカートの裾の間でゼロスの足があわさり、何の抵抗もなく、入ってくる。
二人は、服を脱ぐことなく何時間も抱き合った。肌に触れ合うことがなくても、体温も伝わらないままでも、愛の声は鳴りやまない。フィリアはゼロスに夢中でつかまりながら繰り返す。
誰か、教えてください
愛ってなんですか
生きるって何ですか
ぬくもりって何ですか
偽りってなんですか
誰か、教えてください
これは、愛ですか…?
原罪よ、こんにちわ Ⅱ-2
アストラルサイドからは、はっきりと、ヴァルガーヴの気配を確認できた。ヴァルガーヴが、フィリアの気を追って来たのは明らかだ。
しかし、消えかけたゼロスを、傍らの上司は制した。
細い腕が僅かに上がり、部下の胸の前に無言で伸びた。
「…。」
「…およがせるということですか?」
ゼラスはふわふわとした黒豹のソファーに沈み込み、浅く頷いた。
ほどなくして、ヴァルガーヴは、フィリアを連れて消えていく。
瀕死のフィリアを拾ったのは、獣王の命。ヴァルガーヴに世界の破滅を願わせるための、無くてはならないピース。憎しみのシンボル。完全な現存精神の断絶、負への転換・再生へと導くための原動力。
何故、世界を揺り動かす原罪は、いつも呆れるほどちっぽけな駒と、とるに足らない不注意からはじまるのでしょう?
「どうして、古代竜は、自ら殺しかけたあの娘を連れていったのだと思う?」
「恨みを晴らすためでしょうか?」
ゼラスは答えず、目の前に広がる映像に視線を移した。
二人が居るのは、具現化された獣王宮の一室。
黒豹のソファーが一脚と、黒い石テーブルが置かれているだけ。
薄暗いランプに壁面の大理石が異様な光を放っていた。
しかし、真っ暗のはずの窓の外には、不自然な光景…
暖かな炎の映像が大画面で広がっていた。
フレームが動き、赤い岩の群、洞窟、鍾乳洞を追っていく。
そして、最後に大きく映しだされたのは、ヴァルガーヴ。
岩の座の前で、ヴァルガーヴが女に馬乗りになり、乱暴に服を剥いていた。
続いてアップになるのは、女の白い肩。すぐに、肌は爪で掻かれ、血の花が咲く。
二人は身じろぎもせずその光景を見つめた。
ヴァルガーヴが女の豊満な胸に顔を埋めたまま、スカートの裾を力任せに破る。無音の映像が、生々しい光景の現実味を削ぐ。布の繊維は引き裂かれ、残酷にあらわれる白く美しい肢…日に焼けた腕が遠慮なく、大腿部を揉み、執拗に撫でる。振動で絶え間なく揺れていた、柔らかな膨らみは、男の骨張った手のひらの中に押し込まれ、大胆に捏ね上げられていく。作りたてのように繊細なピンク色の突起が、指で握りつぶされる様が大きく映しだされる。それは、長い褐色の舌に愛撫され次第に赤く腫れあがっていく。どんどん、乳房には円形状の唾液の染みが広がっていった。頃合いをみて、ヴァルガーヴは上着を脱ぎ捨て、柔らかな女の脚を掴みかかる。強引に岩に押しつけ動きを封じると、無理矢理脚を開かせる。
と、急に画面は近づき、いきり立つモノを女のヴァギナに挿入しようとする様がアップになった。女が抗うため、ペニスは何度かはずれながら、秘裂を擦る。が、ペニスの愛撫に反応し、柔らかな器は愛液を垂らしながら、口を開いていく。程なくして、大きく粗野な肉棒が、その柔らかみの中に飲み込まれていった。
「あ…はあっ…!」
ふいに、部屋中に大きな音が響く。
いつのまにか、音声が入ってきていた。
女の悲鳴が、小さな喘ぎ声が、ヴァルガーヴの荒い息づかいが部屋中を埋め尽くした。
「…ぅん…うっ…はあっ…あ…はふぅ…。」
女の吐息は次第に甘さを帯びる。抵抗も緩み、二人の脚が複雑に絡み合っていく。
次の瞬間、壁一面にフィリアの顔が映しだされる。
首をのけぞらしながら、快感に震える、表情を画面は追っていく。
フィリアの息づかいは、信じられないほど艶やかで…
その憂いを含む瞳も、だらしなく開く唇も、恐ろしく官能的だった。
世界中の男のモノをいっせいに立たせそうな切ない表情…
しかし、ゼロスもゼラスも瞬きひとつせずに平静に眺めていた。
「んっ…あっ…はぁん…」
フィリアの濡れた唇を、男の薄い唇が覆い尽くす。
しかし、それ以外に何が起こっているか、もはやわからない。
映像は、フィリアの顔しか映しだそうとしないのだ。
「ひっ…ゃん…」
フィリアは震えながら、激しく悶える。
いつのまにか赤さを増したみだらな唇は、苦しげに酸素を求めて開かれる。
さらに、画面は大きく、その唇の動きだけを映しだす。
僅かな、殆どふるえのような唇の動きが何を意味するか、理解するのにそう時間はかからなかった。
ゼロ…ス
一度だけで小さな声は途切れ、ただの喘ぎ声に変わる。
が、部屋の音声も変わった。あっという間に重低音を拾い出す。二重に三重に音が増殖する。それは、アストラルサイドの魂の旋律…
ゼ
ロ
ス
…ゼ…ロス……
ゼ
ロ
ス
…ゼ…ロス……
ゼ
ロ
ス
はっきりとした音が部屋に鐘のように高く響いた。
ゼラスの横で、いつもの通りの表情を浮かべその様子を眺めていたゼロスの顎が、僅かに動く。
「古代竜は…恨みをはらすために小娘を連れ去ったのかしらね…?」
ゼラスは肘掛けに片手を置きながらぼやいた。
「さあ。」
ゼロスは短く答えた。
この方は絶対に核心はつかない。あからさまな言葉を好まない。御方は、核心には…
「ゼロス、お前か…?」
「…は?」
ゼロスは微かに目を見開いた。
「【ゼロス】、それは、お前を指すのか?」
ゼラスは、肘掛けに頬杖をついた姿勢を崩さず尋ねた。
ゼロスは精神を理性を封印し、上司の問いに答えた。
「………さあ、考えていませんでしたが…」
「もう一度聞く。【ゼロス】、それはお前のことか?」
いつもと変わらぬトーンに、ゼロスの背筋が凍りつく。
「多分…そうだと思います。」
ゼロスは無表情に答えた。
そして、また、獣王の命が下る。
だから、連れ戻した。
しかし、ボロ布のように憔悴しきった身体を、マントに包みながらふと思う。
およがせた意味は…?
怒りにも似ていなくもない、理不尽な感覚が一瞬通り過ぎる。
が、いつものペースがすぐに戻る。
そんなことを、僕が考える必要はなんでしたっけ
全ては御方の手に
だが、ひとしきり抱き合ったあとで腕の中で穏やかな寝息をたてている娘に、ゼロスは問うてみるのだった。
「どうして、僕の名をよんだりするんですか?」
気持ちはわからなくもありませんが。死に直面したり、極限的な状況にさらされると、人間はしばしば愛欲に溺れます。そんなことしている場合じゃないのに、馬鹿な遊びに身を投じます。刹那の悦びに永遠を錯覚するんでしょうね?恐れや哀しみを忘れようと無我夢中で火の中に飛び込んでいくんでしょうね?むろん、すべてまやかしですが。愛欲にまみれても永遠は待っていません。そこには死が、滅びがあるだけです。逆説的には、愛欲に溺れるからこそ滅びるのかもしれませんね。むしろ、僕には、愛欲と永遠性をつなげようとする人間の発想の方がわかりません。
「しかし、あなたはさらに酔狂ですよ。どうして相手に僕を選んだりするのですか?近場ですませようとするにもほどがあります。一晩つきあったくらいで巻き込まないでください。第一、あなたは神族で、人間ではない。愛欲に溺れ、破滅などを望みはしないはずです。」
ゼロスは、フィリアの乱れた襟元をなおしながら、その首筋に唇をそっと押しあてる。そして、ゆっくりと目を伏せた。
「あまり僕の名を呼ばないで下さい。あんな目で僕を求めないことです。僕まで墜ちたらっ…いや……何を言っているんでしょう?」
自分の口走った言葉に、苦笑する。
「こんなところで油を売っていると、また獣王様に有らぬ疑いをかけられますね…」
原罪よ、こんにちわ Ⅱ-3
ゼロスは腕にフィリアを抱いたまま、なんとなく唇を頬に寄せていた。
が、いきなり。
「あなたの名前を呼んではいけませんか?」
フィリアは大きな瞳が開いていた。しかも、明らかに怒っている。
「起きていたんですか…?」
ゼロスは、ぽりぽりと頭をかく。
フィリアは急に起きあがると、ゼロスの腕を振りほどく。そして、まくれ上がったスカートの裾を引っぱりながら、ゼロスと距離をおいて座った。
「別にあなたに迷惑はかけていません。」
「迷惑ってことないですが、変ですよ、フィリアさん。僕の本体知っていますか?」
フィリアは首をふる。
「黒い錐です。」
「……。」
「つまり、僕を想像してセックスするってことは、【岩】とかみて興奮するようなものです。獣姦とかのがよっぽどノーマルですよ、錐をみて欲情って異常、変態ですね。」
フィリアが、近くの椅子で力一杯ゼロスを殴る。
「フィリアさん!いくらモーニングスターがないからって、ふつうの人間だったら頭割れてますよ。」
ベッドから見事に転落したゼロスが床で頭をさする。
「変態って何ですか?あなたを慕った女に対する言葉ですか?断るにも言い方ってものがあります。最悪っ!どうしてこんな馬鹿を…。」
フィリアは怒りのあまり涙ぐんでいる。
「し、親切に忠告しているんでしょう?」
「だったら、あなただって、おかしいです。私は人間の小娘じゃありません。巨大な黄金竜のメスです。アストラルサイドから見たらドラゴンと戯れているようなものです!?魔族の癖に何を興奮していたんですか?」
「それは…まあ、そうですけれど。」
「それとも、あれもふりですか?魔族はそういう細かい芸当があるんですか?」
フィリアはものすごくきつい目で、しかも真面目に尋ねる。
「そうですねえ。まあ、イエスであり、ノーでもあります…」
「なんですか!その煮え切らない態度。あなた、仮にも1000年近くも生きているんでしょう?気が遠くなるほど年下の、しかも神族の娘をたぶらかせて何が楽しいんですか?」
「そういわれましても…。」
ゼロスはしばし考えて、呑気に付け足す。
「長く存在していても、あまり、深く考えていませんから♪」
再び、ゼロスの顔に椅子の脚がめり込む。
「最悪、こんなおじいさんに、しかも、こんなボケ老人みたいな男に…。」
フィリアはベッドでおいおい泣き出す。
「ボケ老人って……。」
「言われて当然です。まぎらわしいときに、あなたが私にまぎらわしいことするから、私も混乱して…」
「悪かったですよ。」
「あっさり謝らないでくださいっ!!」
さらに、ゼロスに枕が飛んでくる。
「謝って済む問題じゃないでしょう?!私の操を返してください。」
フィリアは牙をむいて悲鳴に近い声で怒鳴る。
「い、いくら僕が魔族だからって、そんなことはできませんよぉ。」
「最悪、最低、この、生ゴミ老人!!」
フィリアは羽の枕でばんばんゼロスを叩く。そして、とうとう、勢いでゼロスを押し倒す。ゼロスはしばしフィリアの身体を胸に乗っけて罵詈雑言を受けていたが…冷たい手で頬に触れる。
「初めての男だから、僕を愛したんですか?」
めずらしく見開かれた瞳にフィリアは手を止め、不思議そうに見つめかえす。
「僕でなければ、フィリアさん、あの古代竜と寝ていたでしょう?」
フィリアはゼロスを見つめたまま黙っている。
「その方が良かったですか?」
「…その方が良かったって言ったら?」
「別に…いいですけれど。そんなにあの男とは良かったんですか?」
ゼロスはフィリアの身体を下ろしながら淡々と尋ねてくる。
バシッ
ゼロスの頬に、思いっきり平手打ちが入る。
「言って良いことと悪いことがあります。」
「はあ?」
ゼロスは痛くもないはずの頬を抑え、唖然とする。
「最低、本気で最低です。」
フィリアはくるりと背を向けてしまう。
「言って良いことと悪いこと?そんなの魔族と神族じゃちがうんじゃないんですか?」
ゼロスも幾分不機嫌そうに起きあがる。
「ええ、あなたみたいな薄汚い魔族と、私は違います。」
「薄汚いねえ…だったら、僕はおきれいな神族のフィリアさんのお好みの言葉なんてとんと見当がつきませんよ。」
ゼロスは乱れたマントの裾を整えフィリアに背を向ける。
「………魔族と神族なら違っても、男と女だったら?」
フィリアのかすれた声が響く。
ゼロスはフィリアを振り返った。そして、馬鹿にしたように嗤う。
「はっきり言っておきます。僕に何も期待しない方がいいですよ。僕は現役の魔族の神官です。操を失って巫女を辞めたフィリアさんとは全然立場が違います。」
「自惚れないでください。私はあなたに陵辱されるずっと昔に、巫女は辞めています。」
「そうでしたっけ?」
「そうです。私は巫女ではありません。あなたみたいに、神官の分際で神族の娘と交わったりしていません。大体、負の感情が欲しいなら、私が貴方を受け入れた時点で、自分の存在への反逆です。」
「あのですねえ、フィリアさん。操がどうのこうのとか、そういううちゃちな基準で僕の魔族としての存在理由が傷つくはずないでしょう?たかがセックスですよ。しかも人間型ですし。それに、そもそも愛欲なんて、ほんの瞬の感覚です。フィリアさんってば、人間界に長くてすっかり世俗化されたんじゃないですか?発想がちんけです。」
フィリアはふぐのようにむくれた。
「……だったら、ふつうに私に優しくしてくれていいですよね?」
「はああ?」
ゼロスは驚いて目を見開く。
「あなたの存在は、愛欲くらいじゃびくともしないんでしょう?だったら、その仮初めの姿とやらを私にください。」
「……そこまで言いますか?」
ゼロスは呆れ顔で溜息をつく。
「そこまで言わせますか?」
フィリアはくりっとした目を幾分きつくした。
「まあ、いいですよ、そのくらい…でも、そのかわり、これから、僕の役に立ってください。」
ゼロスの目がずる賢く細められる。フィリアは明らかに怯えていたが、気丈ににらみ返す。
「わかりました。契約です。あなたの仮初めの姿、人の形をしたあなたを私にください。その代わり、神族としての私をさしあげます。」
「本気ですか?魔族と契約を結ぶなんて?」
フィリアはこくりと頷いたが、細い肩は震えていた。
「本当に言っている意味がわかっているのですか?」
ゼロスはフィリアの肩を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめながら尋ねる。
フィリアはがくがく震えながら、頷く。
「僕やヴァルガーヴさんにめちゃくちゃにされて、壊れてしまったんじゃないんですか?」
ゼロスはフィリアの細い髪を撫でながら尋ねる。フィリアは首を小さく振るだけだった。
「本当に、平気ですか?」
ゼロスは念を押すように、フィリアのこめかみに口づける。フィリアの返事はそれ以上なかったが、ゼロスはフィリアの襟元に手を入れる。
が、フィリアはゼロスを突き飛ばした。
「今は嫌です!」
ゼロスは大げさに溜息をつく。
「おやおや、難しいお嬢さんですね。」
「お嬢さんって呼ばないで下さいっ!」
途端に、フィリアはヒステリックに怒鳴った。
その眼は異様に怯え、潤んでいた。
ゼロスは無言でフィリアを抱き寄せる。
「嫌っ」
フィリアがもがくが、ゼロスは許さない。フィリアの唇を強引にふさぐ。
「ゼロス、嫌ですっ。」
フィリアは顔をそむけるが、ゼロスはぎゅっと、自分の腕の中に閉じこめベッドに押し倒す。
「人間の僕は、そんなに我慢強い男じゃないんですよ。」
フィリアは、ゼロスの怒りに満ちた表情に困惑する。
「あなたが欲しい僕は、人間の僕でしょう?人間はつまらないことで嫉妬もすれば、簡単に欲情もするんです。ヴァルガーヴさんと寝るあなたをのうのうと眺めていられるのは、魔族の僕だけです。」
The End
(でも、どこかで続くかも…)